無題(仮)
「あの……私としてはありがたいけど、いいの? だって、やることあるんじゃないの?」
「やること? ああ、武者修行の話か。確かにそれは俺のやるべき事ではある」
「だったら」
「つってもな、別にどうこうしろって決まってるわけじゃねぇんだ。お前にお前の神の守りがついているように、俺にもエススの神がついている。すべてはエススの神の思し召しだ、俺がここでお前に出会ったのも、きっとな」
「ヴェイン……」
「なら、俺はそれに乗るさ。ウルスのトーキンの息子ヴェインは、軍神エススの導きにより異教の神の巫女ケーケーの護衛となりて、その探索の力とならんことを誓おう。ほら、これでどうだ?」
「ほらって……」
彼に出会って何度目の絶句だろう。至極あっさりと誓いの言葉と、恐らくは印を切ってみせたヴェインを、ソラはまじまじと見つめる。微塵も屈託を感じさせないおおらかな笑みを浮かべたまま、ヴェインはソラの眼差しを受けて軽く首を傾げてみせた。
「……ありがとう。世話になるね」
ほんの僅か、感じるためらいは彼に真実を告げていない罪悪感からだ。それから目を逸らすように顔を伏せ、ソラは深々と頭を下げた。快晴の空のように気持ちのいい笑い声で、ヴェインはそれに応じた。
「気にすんな。お前についてきゃ、強い敵とも戦えるかもしれねぇ。俺としちゃ、そっちの方が面白そうだからな」
「そっか。うん、ならいいんだけど」
彼にもメリットがあるというのなら、多少はこちらの気も楽になる。ほっと息を吐き出したソラの頭に、再びふんわりと大きな手が乗せられる。
「それになんて言うかなぁ、どうにもお前は、危なっかしい感じで放っておくのも寝覚めが悪そうなんだよな」
「……」
いったいその台詞は、どう取ればいいのだろう。怒ればいいのか、礼を言えばいいのか。などと考えるよりも前に、ソラの頬はじわじわと赤みを帯びだしていた。なんだろう、もの凄く、ものすごーく心臓に悪いので、そういうのは止めてほしいのだけど。
「……っと、とりあえず! こっち!」
さっきまで戻ってきていた方角を指さすと、ソラは先に立ってずかずかと歩き出した。いても立ってもいられないこの感覚。それを、なるべく払い落としていくように、ただ早足で。
おう、なんて言いながらそれに楽々と並んでくるのは、明らかに足の長さの違いによるものだ。自分の腰の辺りが相手の股下なのだから仕方ないとしか言いようもないのだが。
(なんか、むかつく)
そうとでも思っておかなければ、正直まずいことになりそうな気がしたのだ。