緑の季節【第一部】
あの電話。
覚士の胸ポケットに入れられていた携帯電話のバイブレータが着信を知らせた。
ちょうど、会議の終盤に差し掛かっていた為、覚士は逸る気持ちを抑えながら会議を
進めた。
ほどなくして、会議を終えた覚士は会議室を飛び出すと携帯電話を片手に握り締めて
廊下の端へと歩んだ。
着信のランプ。着信有り。
「もしもし、ごめん、今、会議終わったよ。どうだった?」
覚士は、里実の携帯電話が通じたと同時に話しかけた。
「もしもし、覚士さん」
「はい。あれ、お義母さんですか。里実のですよね」
「ええ、間違ってないわ。里実もここに居ますが、仕事終わったらこちらに来てくださる。遅いの?今日は」
「あっ、いえ。ではなるべく早く伺います」
「じゃああとでね」
覚士は聞きたい事で胸を詰まらせながら、電話を切った。
急に重い気持ちが押し寄せてくる。
定時の退社時間までの時間が長く感じる。
いっそ早退しようか。
そう自問自答しながら、会議の後処理をしていた。
会議の資料を上司の机に提出に行くと、人当たりの良い上司は、いつもと変わらず
話しかけてきた。
彼の話は、ユーモア交じりに興味深く嫌ではなかった。
話の途中で終業のベルが鳴っても普段は聞き入っていたのだが、
女性社員の立ち上がるのを確認しながら、話からの離脱をはかった。