緑の季節【第一部】
その年、覚士は30歳の誕生日を迎えた。
久しぶりに母親の作る料理を食べに帰ることにした。
自分でケーキを持参しての誕生会となったが、日頃父とふたりではと大好きなケーキを
我慢していた母はとても喜んでいた。
「覚士がチーズケーキじゃないの?チョコケーキなんて」
「僕もスキだよ」
母は、覚士が見せた優しさに嬉しそうだった。
「子どもの好きな料理っていうけど、煮込みハンバーグは大人だっていいよな。あっ、
キャベツおかわり」
「ハンバーグたくさん作ったから」
「うん、貰ってく」
「覚士、ローソク立てる?」
母親は、少しはしゃいでいた。
「やめてよ。要らない」
「なーんだ、残念」
三人の話は、明るかった。そうしていたかった。というほうが正しいのかもしれない。
「おまえは、誰かいい人は居ないのか?」
口火を切ったのは父親だった。
「居ないな」
「このまま、ずっと一人ともいかんだろ」
「別にいいけど。仕事も順調だし、食べることも慣れたし、洗濯だって貯めずにやってるよ」
「お父さんの心配しているのは、家事のことばかりじゃないのよ」
三人の間に沈黙の時が流れた。
「すぐは考えられないけど、将来のことは考えてるさ」
覚士は、言葉を探しながら答えた。
「一応、長男だし、真壁の名を継いでくれる子も欲しいけど・・おふくろにも孫を抱かせてあげたいしね。
こればかりは、好きになってくれる女性(ひと)が居て 好きになれたらのことだからね。それに・・」
覚士が口ごもった様子に父親はきっぱりと告げた。
「その時は、里実さんの方には、三人できちんと伺うようにしよう」
その日は、実家で泊まっていくことにした。
翌朝、昨夜の話は誰の口からも出ることはなかった。