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The Balance

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「アドルフ・ロエフ。親父さんに訊きたいことがあって、後輩が来たと言ってくれ」
 女性はこちらを怪しむ視線はそのままに、しかしアドルフが名乗ったことにある程度は評価したらしい、待っていろと手で示した。

 書斎のドアがノックされた。入ってきたのは若い母親--自分の娘だ。
「父さん、父さんの後輩だとか言うアドルフ・ロエフって胡散臭ぁい男が、訊きたいことがあるって言って来てるわ」
「--そうか」
「追い返す?」
 その必要はない。いつか視た未来だ。拒絶したところで諦める男ではないだろう。
「オウカ、その男をここに連れて来てくれるか。それと話をしている間、レンカが部屋に来ないようにしてくれ」
 机の上に散らかった本を棚に片付け、ゆったりと椅子に座る。
 娘は自分を、不審がって見ていた。
「どうした?」
「……いいえ。行くわよレンカ!!」
 抵抗する孫を引っ張り、娘は書斎から去っていった。
 足音が小さくなったのを見計らい、パイプの煙草に火を点ける。
 久しぶりの煙草の味は懐かしく、そして苦い。
(遂に来た--が、私はそう簡単に受け入れはしない)
 やがてやって来る男を思い描きながら、煙を吐いた。

 女性に案内された書斎のドアを、ノックする。
「入りなさい」
 落ち着いた初老の男性の声に、中へと足を踏み込む。
 銀の混じった金髪、憂いと寂しさを帯びた青い瞳。幾つか刻まれた皺の深さが、彼の存在をより濃く、何処か寂しげに際だたせていた。
「国際警察NY支部情報課、アドルフ・ロエフだ。あんたがローン・ハスミネ……ユアン・ダムで間違いないな?」
 ローンはパイプを一度吹かすと、その火を消した。
「その通り、若い後輩くん。アドルフ・ロエフ、私に訊きたいこととは何だ」
「分かってるだろジジイ、ゴーストサンドのことについてだ」
 静かに罵倒され、ローンは小さく笑った。
 若いからと馬鹿にしているのか、自分が罵倒されたことに腹を立ててはいない。
「ふうむ、私が視た未来(よそう)とは、少々違いはあるが--」
「おいおい、冗談言って誤魔化すな。お前、研究所の人間を殺しただろう? 何故殺した? ゴーストサンドは何処にやった?」
「続けざまに質問するな、アドルフ。その性根を治さない限り、君は命を縮めるよ」
「!」
 鋭い眼光がアドルフを突く。反論しても無駄だ、と訴える覇気。
「生き急ぐな。君はどう必死に足掻いても、それが報われることは一度もない」
「ジジイ……何のつもりだ、おい」
 本気でない脅しをしてみせるが、ローンは岩のように動じない。
「私には、少しだけ遠い未来が視える。君が来ることも、何を訊くかも。
 それを予定運命だと言う輩がいる--が、私は信じない。私は君を徹底的に論破する。ゴーストサンドの件には、一片たりとも触れさせない」
 空気を断つような声で、ローンが告げた。
 アドルフの背に、冷たい汗が滴り落ちる。
(この野郎、上等だ)
 拳を握り、ローンをまっすぐ見つめる。彼がそう言うのであれば、逆に論破するのみ。
「良いぜジジイ、知恵比べといこう。若いと侮るなよ、俺の頭ん中には、神より尊いロビンソンが住んでるからな」
 豪語したアドルフに、ローンはそうか、と呟いた。
「確かに君には、過酷な環境を独りでも解決出来る能力を持ち合わせているようだ。だが、その能力は自分の為でしかない。そんな一個人の為に、力を惜しむのは間違いだ。--いや、だからこそ君は独りなのだろう。物語の主人公に憧れる割には、君は全く似ていない」
(--痛いところ突きやがって)
 神より尊いと評したロビンソンは、言わずもがなロビンソン・クルーソーの主人公だ。無人島に漂着し、何度も苦労を重ねては失敗し、それでも諦めず、帰る努力を重ねる。そして無人島から帰ることに成功する冒険譚。
 アドルフにとって、彼は生きる知恵を教えてくれた、神以上に崇高な存在だった。
 だが残念なことに、一つだけアドルフには、ロビンソンからは得られないものがある。
「君は、自分の為だけに私から情報を訊きたがっている。違うか? アドルフ・ロエフ」
 名を上げる為に正義のヒーロー気取り。そうローンは暗に非難していた。
 そんな人間は、生き残る方法を知っていても、ロビンソンになれはしない。
「--何が悪い。人は名前を残したがるもんだ。あんたは違うのか、ジジイ。見てくれと言わんばかりにメモを挟みやがって。
 それとも何か? 大勢を殺したことの贖罪(しょくざい)でも、神に求めたかったか?
 そいつは間違ってる。いもしない神に祈って許されるか。あんたが許しを請えるのは、人にだけ。それも全てを打ち明けた上でしかない。黙っていても、お先は真っ暗だぜ?」
 アドルフは持っていたA4の封筒を、ローンの机に放り投げた。
 中には勿論、G S--ゴーストサンドに関する情報が入っている。
「一応、分かる所は全部洗ってある。俺が聞きたいのは、あんたしか知らない情報だ。それだけ聞きゃ、あんたには関わらねえよ」
「--……君は天秤を知っているだろう」
「あ?」
 再びパイプを吸いながら、ローンが訊ねた。朧に映る青い瞳が、アドルフを見つめる。
「天の秤は、そこに“在る”だけで均等であり、満たされている。誰の手も加えない、自然の力によってだ。
 既に均等となった天秤に、手を加える必要はない。その先は君にも分かるはずだ、アドルフ・ロエフ」
 手を加えれば、秤(はかり)は傾き、どちらかの有利になる。不平等は秩序の乱れ、世に混乱を及ぼしかねない。
 だが、偏りのある天秤を公平にするのは、やはり人の手ではないか。
「--そうだな。けどあんたの言う天秤は、偏りがある。人の手で無理やり引っ張って、公平のように見せかけているだけだ。
 あんたは沈んだ皿にいる側、隠された真実と共にいる。浮いている皿には、何も知らない世間一般の有象無象(うぞうむぞう)。仮の均等を保たせている何者か……。
 あんたは仮初めの均等を死ぬまで受け入れるのか? 圧力に屈したままで満足か? もしそれを良しとしないならば、俺に手を貸せ。安心して天国に行かせてやる」
「……それで君はどうなる。天国に行けるのか?」
 ローンの問いは、嘲りを含んだ問いだった。
 “仮に結果が得られたとして、君は天国に行けるような満足感を得られるのか? ないだろう”
 その問いを、アドルフは鼻で弾き返した。
「ふん。神を冒涜した俺が、天国に行けるものかよ。死後のことなんざ、胸は痛みやしない。
 --で、協力してくれるのか? それともシラを切るか?」
 ふうー、と長い呼吸が二度繰り返された。
「--君の言うことは一理あるように思える。が……、残念ながら、私は君のことが嫌いのようでね。断らせてもらう。仮に協力したとしても、やはり君ではこの件を解決する力はない。弧狼と群れの力の差を知るだけだよ。だが、」
 ローンがパイプを手放し、席を立つ。
「私が君を評価する点は一つだけある。一本でも取れたら、協力してやろう」
 その言葉に、アドルフは拍子を取られた。
(このジジイ、正気か?)
 彼はアドルフに、実力行使で自分を屈してみろと言っている。
作品名:The Balance 作家名:竹端 佑