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The Balance

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煙草を吸い殻で一杯になった灰皿に押し付け、舌打ちする。
 これで今日買った煙草五箱が空になった。新しい物を買いたいが、次の日に吸う分がなくなってしまう。イライラしても我慢しかない。
「仕方ねえな、仕事すっか」
 書類が山積みとなった席を立ち、外に出る。小さな事件なら、四、五件片付けられる。イライラも忘れられるかもしれない。
「アドルフ!! 定時前に帰る時は連絡しろよ!!」
「ああ、心得てるよ、ボス」
 上司が声を荒げる。それに適当に返事すると、仕事場を出た。
 煙草の代わりに、禁煙する気もなく買ったガムを噛んで。


--The Balance--


 アドルフ・ロエフ。それが彼の名前だ。仕事は大きな声では言えないが、国際警察という世界秩序を求める組織の、情報部に所属している。
 その組織のひとつ、NY(ニューヨーク)支部にてこれまで解決に導いた事件は大小数知れず、職場での態度はとにかく、その才能を買われて早七年だ。
 だが、どの事件も自分をわくわくさせるような面白さは全くなく、充実感といったものは皆無。自分にしか出来ないことはないのか、それを探しての図書館通いが習慣になっている。
 仕事を軽くこなし、今日も国会図書館に向かう。カウンターの職員とは顔見知りで、最近は特に古い文献を内緒で見せてもらっていた。
「ハイ、アドルフ。今日も来てくれて嬉しいわ。何をお探し?」
「よう。今日は--そうだな……1940年代の文献、見せてもらおうかな?」
 他に人がいないことを確認し、チップをカウンターにそっと差し出す。
 職員はウインクをしてチップを受け取ると、付いて来てと手で合図した。
「一時間したら館長が帰って来るから、それまでに済ませて」
「オーケイ、ざっと見るよ」
 彼女の頬に軽くキスし、アドルフは書架の中に入った。
 1940年代の書架というだけあり、第二次世界大戦に関する書籍が多い。
 タイトルで目についたものを、片っ端からぱらぱら見ていく。
 その中に、聖書があった。40年代に出版されたものであろうが、他の書籍の持つ雰囲気が違う。
(まぁ、聖書だからそう思うんだろうが……)
 何故か気になる。アドルフの手は、その聖書に伸びていた。
 ぱらぱらと流し読みしていく。子供の時、教会のミサやら学校やらで何度となく聞いた文句が並ぶ。
(聖書の内容が変わるってこたぁないからな……おっ)
 小さな栞が挟まっているのを見つけ、手に取ってみる。栞とはいえ、落ちれば分からなくなってしまいそうな、小さな紙片だ。
 縦折りにされたそれを開いてみる。

“G S 1944”

(……イニシャル? 1944は……第二次大戦終戦の前年か)
 1940年代の書架だ。数字の羅列が年を表しているのは間違いない。
 だが、イニシャルらしきものは意図的に間隔を離してある。ピリオドもない。
「アドルフ……!」
 カウンターの女性が、小声で叫ぶ。館長が帰って来る時間になったらしい。
 紙片だけをポケットに忍ばせ、アドルフは図書館を後にした。
(G、S……1944年。一体何を意味する?)
 戻るつもりもなかった支部に、足は向かっていた。



 今朝も清々しい朝日が射し、雀が屋根の上で鳴いている。いつもならば、この素晴らしい朝を詩にしたいところだが、その気分にはなれなかった。
 理由はない。ただ、何か不快なことが起きる気がするだけだ。
 部屋の外から、甲高い女性の声と女児の声が聞こえてくる。
「やれやれ」
 今日も喧嘩をしているようだ。生まれてまだ二歳の女児――自分にとっては孫である――は、最近母親に対して反乱を起こしている。
 仲介しようと書斎から出ると、金の髪をなびかせ、孫が飛び込んできた。
「あっこら蓮華ッ!! 逃げる気!?」
 孫を抱き上げてみせると、若い母親は苛立ちを隠せず声を荒げた。鮮やかな金の髪と青い瞳は我が娘ながらほれぼれするというのに、育て方を間違えたのか少々気の荒い所がある。それとも初めての子育てでストレスが溜まっているのだろうか。
 女児はというと、そんな母親に向かって無視を決め込んでいる。
「良いじゃないか、オウカ。小さな子を叱って何が楽しい?」
「甘やかさないでよ父さんっ! こっちは仕事にならないんだからっ!!」
「タクマ君に任せたら良いだろう? お前がレンカを構ってやらないから、寂しいんだよ」
「何よ!! あの人に任せっきりにさせるのは申し訳ないじゃない!!」
 ああ、もうこうなると何を言っても無駄だと諦める。
「分かった分かった。私が面倒を見るから、お前は行きなさい」
 両腕を組み、母親が長いため息を吐く。
「……言いたいことは沢山あるけれど、とりあえずそうするわ」
 あからさまに不快指数を叩き出す口調で吐き捨て、母親はさっていった。
「……私の育て方が悪かったのかな? レンカはどう思うかい?」
 分からない、と孫娘は首を左右に振った。



 アドルフは日本に飛んだ。そこに自分の求める人物がいたからだ。
 おそらく“G S 1944”を書いた、最も関与の疑われる人物。その名前を、アドルフは職場内の資料室で見つけたのだ。
(まさかご同業とはな)
 G Sとはある生物兵器の略称だ。第二次世界大戦末期、それを開発していた研究所は謎の火災で研究者もろとも焼失している。
 研究所は外部を量販店にカモフラージュした地下施設で、セキュリティーが厳しい場所だったらしい。研究者は逃れることが出来ず、多くが一酸化炭素中毒で死んでいる。
 その人物は医師の資格を持ち、研究者としてそこにいた。と同時に、アドルフのいる国際警察の先輩でもあったらしい。恐らく研究所の内部調査の為、密かに動いていたのだ。
 そして事件発生と同時に突然失踪し、そのまま除籍。つまり彼は研究所唯一の生き残りだ。アドルフは興味を抱かずにはいられなかった。
 何故あのメモを残したのか、何故失踪したのか、事件とどう関わったのか、そして、その時に研究所にあった“物”はどうしたのか。
 憶測で良いのであれば、ある程度は分かる。だが、事件の真相と“物”の行方までは捜し出せない。
 ペンタゴンにあるデータベースを密かに見てみたが、その内容には穴があり、納得出来るものではなかった。明らかに誤りがあるそれは、真実を述べてはいない。国威に関係するからか、あるいは個人としての判断か。真実を語る術を黙させたのは何か。
 それを今日、聞けるかもしれない。
 迷わずドアベルを鳴らし、家主が出て来るのを待つ。
「はい--」
 長い金髪の若い女性が、玄関から姿を現した。初めは笑顔で、だがアドルフを見るなり眉をひそめた。
「“--失礼ですけど、どなた?”」
 流暢な英語で、女性はアドルフを睨みつけながら尋ねた。
「ローン・ハスミネはここで間違いないか?」
 質問返しすると、ますます女性は目を尖らせた。
「“答えになってないわ。出直してちょうだい”」
 そして、ドアは強く閉められた。
(こいつは、とんだ女傑がいたもんだな)
 アドルフは苦笑しながら、改めてドアベルを鳴らした。再び女性が姿を現す。
「よう」
「“--……名は? 父に何の用かしら”」
作品名:The Balance 作家名:竹端 佑