表と裏の狭間には 十九話―思い出―
「まま、とりあえず乾杯しましょう。今宵は無礼講で行きましょうや。」
それぞれが互いに酒を注ぎ、お猪口を付き合わせる。
卓上には、既に大量の豪華料理(和食)が並べられており、それに少しずつ手をつける。
この場にいるのは、国家の重鎮たちだ。
襲撃に備えて、店の周囲には大量の警備員(SP含む)が配置されている。
が、部屋の中には、この数人しかいない。
警視総監、野々宮(ののみや)秋谷(あきや)。
国家防衛大臣、宮重(みやしげ)國男(くにお)。
総理大臣補佐官、新野(にいの)美和子(みわこ)。
警視庁公安部零課課長、小草(こぐさ)雪臣(ゆきおみ)。
陸上自衛幕僚長、神野(じんの)晶(あきら)。
この、五人しか。
「ゆりちゃんたちも、今頃は晩餐でもやってるのかな。」
「また総監は。この面子といる時は二言目には『ゆりちゃんは』じゃないですか。」
「まあ、お気持ちは分かりますがね。」
「まあ、ゆりちゃんたちのお陰で、警察も大分得してるんだけどね。でも、それを差し引いても……。」
「心配、ですか。」
「うん。そうなんだよね。昔っから面倒みてきたからね。」
「総監、そういえばお子さんはいませんでしたね。」
「だから一層、ね。本当の娘みたいで。」
「で、今日はそのゆりさんから持ちかけられた話でしたっけ?」
「そうそう。」
野々宮はそこで、一旦箸を置く。
他の面子もそれに習う。
「この前から言ってるあの話、正式に受けることにしたよ。」
『………。』
それを受けて、全員が沈黙する。
そして、野々宮以外の全員が一言、異口同音に述べる。
『決断遅いですね。』
「あ、あれ?」
野々宮は、困惑する。
「私はお話を聞かされた瞬間に乗ることにしましたよ。」
と、自慢げに語るのは新野だ。
「僕もですね。まあ、警視総監からのお話では断りようもありませんが。」
それに小草も続く。
「まあ、私のほうは調整もありましたんで、すぐにとは行きませんでしたが、一週間くらいで協力体制は整えたつもりですよ。」
と言うのは、神野だ。
「なんにしても、総監殿が一番遅いわけですな。」
そう言って豪快に笑うのは、宮重だ。
「あ、あれ?そんな簡単な話だっけ?」
「簡単かどうかは関係ないでしょう。彼女の頼みとあらば、我々が協力しない手はありません。」
そう断言されて、野々宮は。
「……ありがとう。」
「いえいえ。」
「じゃ、詳しい話だけどね。」
と、本題に移る。
「ゆりちゃんが言うには、アークと、それから、もうすぐアークから独立するであろう組織を、完全に潰して欲しいということなんだ。」
「それ、ゆりさんはどうするつもりなんですか?」
「そうですよ。潰すということは、情報を開示すると言うことでしょう?あんな組織の存在を開示したら、それこそ裁かないわけには――」
「うん、ゆりちゃんが言うには、全部ゆりちゃんが責任をとるから、彼女の家族だけは無罪放免してくれってことらしいんだ。」
「そんなこと………。」
「まあ、それで、僕の友人を呼んだんだけどね。入って。」
野々宮が声をかけると、部屋の扉が開いて、一人のスーツ姿の人間が入ってきた。
「彼は法務省の人間でね。大臣とかじゃないんだけど、裏側のアレやコレを担当してるんだ。法務省の裏のトップだね。」
「噂には聞いていましたが……実在したんですか、法務暗部。」
「うん。」
「お初にお目にかかります。竜宮(りゅうぐう)義男(よしお)です。よろしくお願いいたします。」
「ま、座って。」
「はい。」
「それで、彼に色々と手を回してもらおうと思ってる。彼はその仕事の性質上、司法界に顔が利くからね。」
「ですが、ゆりさんは――」
「そうですよ、責任を被るからって、総監はどうなさるおつもり――」
「僕が、ゆりちゃんを放っておくと思うかい?」
野々宮が一言そういうと、全員一様に『あー』という風に納得した。
「例え彼女がどう言おうと、僕は彼女を裁かせるつもりはないよ。彼女の家族同様、彼女も逃がしてあげたい。それに、ゆりちゃんの『家族』も、それを望んでいるだろうしね。」
できるかい?と、野々宮は竜宮に訊く。
「可能です。お任せ下さい。」
「そうか。」
よかったよかった、と野々宮は手をすり合わせる。
その皺だらけの手は、これまでいくつもの荒事を乗り越えてきた手だ。
アークに在籍していた時代は、それこそ数多の暴力団やマフィア、時には警察や自衛隊をも相手取り。
警察に就職してからも、その人脈を駆使して犯罪者を検挙し続け。
旧友であった楓夫婦の死後は、ゆりを育て。
警視総監となってからは、日本国家の暗部との駆け引きも行い。
今となっては、アークからは脱退しているが。
彼の仲間、全てを守ってきた手だ。
「これが、僕たちが守るべき子供たちの資料だよ。」
野々宮は、七人分の資料を取り出す。
そこには、七人の高校生の詳細なデータが記載されていた。
楓ゆり、星砂煌、星砂輝、星砂耀、蘭崎礼慈、宵宮理子、柊紫苑。
彼らの写真と、これまでの経歴と、現住所。
まあ、現住所は全員一緒なのだが。
「そうか、旧星砂グループの御曹司もいたんですね………。」
「うん。で、僕たちがするべきことなんだけどね。」
資料を全員が見終わったところで、野々宮は再び口を開いた。
「有事の際にはゆりちゃんから僕に連絡が来ることになってる。そしたらすぐに、二つの組織を告発し、一斉捜査に踏み切る。」
「そんな荒業――大体、連中の拠点は分かっているのですか!?」
「うん。アークに関しては、ゆりちゃんが全部の拠点をリークしてくれた。データは今、僕の手元にある。」
「それに、有事の時って、つまりは大規模な抗争の発生した時なのでは?警察の機動隊やなにやらだけで突破できるとは思えませんが……。」
「そのために、新野さんと、神野さんの協力が必要なわけだよ。」
「……自衛隊を、動かせと?」
「法的に考えたら、彼らが行うのは立派な内乱だよ。治安維持部隊として自衛隊が出るのは、間違いじゃないと思うけどなぁ?」
「まあ、いいでしょう。いざという時は、動きましょう。」
「自衛隊の戦力を使用して警察が踏み込み、告発する。ついでに、生存者全員を逮捕し、送検。殺人罪に銃刀法違反、その他諸々で裁判を執り行う。勿論、あんな組織の存在を公表しようものなら、僕たちみたいなのにも被害が来るだろうが――」
野々宮は、そこで一度言葉を切った。
「ま、その時はスケープゴートを立てて何とかするさ。」
全員が、沈黙する。
「僕らは別に正義の味方ってわけじゃない。罪を償うつもりなんて欠片も無い。そんなのは死んでから裁いてくれればいいさ。今更一人や二人、身代わりの生け贄にしたってどうとも思わない。少なくとも、僕はそんな人生を歩んできた。」
それは全員同じなのか、誰も反論しない。
「それに、彼らの罪に関しては握りつぶす。この二つは確定だ。」
全員、野々宮の次の言葉を待つ。
「それと、僕は、これが終わったら、総監を辞す。」
「………はい?」
「警察は今まで、アークの存在を否定してきた。それを公表するとなれば、不確かな情報を提供してきた責任をとる必要がある。」
「……それこそ、スケープゴートを……」
作品名:表と裏の狭間には 十九話―思い出― 作家名:零崎