表と裏の狭間には 十九話―思い出―
「丁度いい機会なんだよ。僕はもう働きすぎたからね。そろそろ辞めようと思っていたんだ。だから、これを期に、ね。」
「ですがっ!このような辞め方でなくとも!」
「どうせ辞めるなら、ゆりちゃんたちのためになる辞め方がいいと思うのは、駄目かな?」
「――――っ!」
「僕がさっさと責任をとって辞めちゃえば、マスコミの追求もそっちに向くだろう。勿論、後任にはそれなりの人物を置く。君たちには迷惑をかけないよ。勿論、彼らにもね。」
そこまで言われて、止める言葉など、出てくるはずもなかった。
「おお、これはまた大盤振る舞いっすね!」
俺とゆりが持ってきた酒をみて、輝が声を上げる。
「っつか、まだあったのかその年代………。」
煌が嘆息する。
「お姉様、円卓の準備も終わってるの。」
「そう。」
俺たちは、いつも使っている机ではなく、わざわざ出した円卓のほうに座る。
「さて、後は雫ちゃんと蓮華待ちね。」
「もうすぐ出来るよ。」
「今運びますね~。」
キッチンからはそんな声が返ってくる。
少しすると、料理が続々運ばれてきた。
酒のほうが大盤振る舞いなら、料理もどう考えたって大盤振る舞いだ。
完璧に洋食だった。
ステーキとかシチューとか、コンソメスープとか、色々と。
さあ、今年最後の晩餐の始まりだ。
とりあえず、だな。
何で酔いつぶれちまうかなー、こいつら。
床に転がる死体×7。
折角のヴィンテージ物のワインも、一気に空になったし。
「いやー、結局皆飲みすぎちゃうんだよね………。」
「ま、分かってたけどね。」
「雫ちゃんが潰されたのは予想外だったけど……。」
「だよなぁ………。」
何故か、巻き添えで雫も潰されていた。
お陰で、俺とレンで片付けをする羽目に………。
「つか、騒ぎすぎだろ………。なんか妙に疲れたぞ……。」
正直、もう眠りたい。
「つーわけで、寝るわ。」
「うわ、そこで寝るんだ。ボクが作る年越し蕎麦は食えないと。ほー。」
「………お前、本当に意地が悪いよな。」
まあ、結局この後の年越しは、完璧にグダグダになってしまった。
らしいっちゃらしいんだけどね。
深夜二時。
年が明けて二時間後、あたしと煌は、アークの拠点に来ていた。
支部長室へ向かう時間ももったいなく、廊下を歩きながら話す。
「……明けちゃったわね。」
「ああ。」
「遊びは終わりね。」
「そうだな。」
支部長室に入る。
するとあたしは、部屋にある金庫に直行する。
この金庫は、非常に厳重だ。
支部長の指紋、網膜、音声認証に加え、端末のチェック、アルファベット込みの16字のパスワード。
それらを実行してから、厚さ10センチの鋼鉄の扉を開く。
そしてあたしは、あるものを取り出した。
ガシャッ、ジャゴッ、と重厚な音を立てるそれは――
「お前、それ………。」
「支援科の連中に作らせたわ。それも関東支部総動員でね。」
「…………マジか。」
「大マジよ。」
「何だそれは。」
「軽機関散弾銃。」
「んなゲテモノ………。」
軽機関散弾銃。
とある魔術の禁書目録に登場する、トンデモ兵器を元にあたしが作らせた、ゲテモノ兵器だ。
弾倉式で、散弾をマシンガンのように連続射出する。
流石に戦車をスポンジにするのは無理でも、人間をミンチにする程度は出来る。
それくらいの火力は用意した。
一つの弾倉に入るのはおよそ50発ほどだ。
反動はかなり大きいが、それをうまく受け流す訓練をあたしは続けてきた。
今ではかなりの練度で扱える。
これは、あたしの切り札だ。
まあ、コストやら製作工程の複雑さやらで、量産にはこぎつけられなかったけど。
霧崎を殺すには、これくらいの装備が要るだろう。
何せあいつの肉体は、異常なほどに硬いのだから。
これは検証データとして記録に残っているが、ナイフが刺さらない、銃弾が弾かれるなどは日常茶飯事だったらしい。
あたしは、持ってきたトランクを開ける。
このトランクも特注だ。
中には二つの窪みがあり、それ以外は全てが対ショック機構で埋め尽くされている。
「おい、そのトランク………。」
窪みの一つは、軽機関散弾銃用の窪み。
もう一つは、特殊弾頭の入っているケース用の窪みだ。
あたしは、金庫から取り出した二つの荷物をトランクに詰め、鍵をかける。
「煌。これは家の隠し金庫に保管しておきなさい。」
あたしの家には、バーの置くにあるワインセラーの螺旋階段を上ったところに、隠し金庫がある。
ちなみに、バーを通る以外に入り口はない。
完全に隠し金庫だ。
「あそこにか?」
「ええ。あそこに保管しておいて、有事の際に持ち出すわ。これが盗まれる可能性を考慮しないといけないからね。」
これが無いと、勝てないからね。
「ああ。分かった。」
「それと、これ。」
煌に、ある紙を渡す。
それは、レポート用紙だ。
あたしの計画が、纏めてある。
「………これは!」
「まず発生するのは内乱ね。その際は、それに書かれている通りに行動しなさい。」
「………紫苑に戦略の講義を受けさせていたのはこれか!」
「そうよ。」
あたしは、ここ数ヶ月の間、紫苑に戦略の講義を受けさせていた。
皆その理由を不思議に思っていたが、その理由は、ここにある。
「とんだアクロバティックだな。」
「自覚はあるわ。でも、相手の裏をかかないと、この戦いは勝てない。」
「……………おいゆり!これはどういうことだ!?」
「その通りのことよ。」
「テメェ………ッ!」
「大丈夫よ。あたしは、あんたたちを信頼しているわ。だから。」
あたしは、怒りを露にしている煌を見据える。
「あたしの事は、あんたが責任を持って救出しなさい。」
「あ………ああ。」
逆に煌をたじろがせる。
あたしは、それだけの決意をしている自覚があった。
「任せるわよ、煌。」
「ああ。任せろ。」
何だかんだ言いつつも、あたしはこいつを、一番信頼しているんだ。
こいつになら、全て任せられる。
例え、あたしが死んだとしても。
こいつなら、皆を大事にしてくれるだろうから。
「明けましておめでとうございます、ですわ。」
「ああ。おめでとう。」
東京にあるとあるビルで。
その女と、男は、向き合っていた。
「お久しぶりですわ、お父様。」
「ああ。久しぶりだな。元気だったか?」
「ええ。それはもう。計画は順調に進んでおりますわ。」
「まさか、こんなに早くシャバに出られるとは思ってなかったんだがな。」
「予測よりも早く始動できそうだったので、早めに出ていただきましたわ。」
「そうか……。まあ、この一ヶ月で、こちらの準備は完了した。」
「わたくしたちも既に完了しておりますわ。後は、時期を見て、始動させるだけですわ。」
「じゃあ。」
「ええ。始めましょう。わたくしたち親子による、革命を。」
続く
作品名:表と裏の狭間には 十九話―思い出― 作家名:零崎