新幹線 のぞみ 1059号
〈のぞみ〉はいつの間にか走り出している。
高見沢は前方の空席の方に目をやり、それでもこれで一安心したのかフ−と大きく息を吐く。
そして目を閉じる。
「新幹線の中で確認しておかなければならない事は、出掛けにプリントアウトして来た明日の資料と、社内メ−ルのチェックかな?
いやいや、今晩新橋のどこで、アイツと飲もうかな?」
高見沢の頭の中はボ−としていて、いろいろな思考でごった煮状態だ。
まったく整理がついていない。
それでも〈のぞみ〉は京都駅を時間通りに出発し、すぐにスピ−ドを上げて行く。
トンネルを抜け、瀬田川を直ぐに渡った。
それからあっと言う間に、もう近江盆地の田園の中を、東京に向けて軽快に走っている。
そして、それはそんな時だった。
「一郎 … 一郎、よく来てくれたな」
隣のB席のおじいさんが耳元で話し掛けて来たのだ。
しかもだ、高見沢の名前を呼んで。
「一郎 … 一郎!」
高見沢は耳を疑った。
だが、呼ばれるままに首を回して、おじいさんの顔を見てみる。
「エ−ッ!!」
高見沢は虚を衝かれたかのように、思わず大きな声を発してしまった。
今までの生涯の中で、こんなに驚いた事はない。
まるで雷に打たれたようなものだ。
なぜなら …
なんと、なんと、
高見沢の父親の清蔵が … 隣に座っているではないか!
「一郎、一郎」と呼び掛けて来たのは、まさに高見沢の父なのだ。
作品名:新幹線 のぞみ 1059号 作家名:鮎風 遊