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三木 尚也
三木 尚也
novelistID. 26150
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鬼譚録 ~杠と柊~

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 音源は祭具殿の外からだった。

第六章
 窓から外を見ると火柱が上がっていた。
 オレ達は急いで祭具殿の外へ出た。
 火柱は一つではなく、複数上りこちらに近づいて来ているようだった。
 近づく炎は木々を舐めまわし、全てを倒していく。
 辺りは炎の熱気で陽炎のように揺らめいている。
 全てを燃やし尽くす業火の紗幕の中から一人の少女が悠然と歩んで来る。
「葵……」
 葵は腕を払う。
 業火は意志を持っているように祭具殿を取り囲む。
 オレ達の逃げ道は完全に絶たれてしまった。
『姉様、次は逃がしません』
 葵は七枝之剣を構える。
剣の刃に火影が揺らめく。
「おい、杠! 絶体絶命って感じになったぞ!」
「もう退路は立たれた……闘うしかないじゃろう」
 杠の額には珠の様な汗が浮かんでいる。
「お前……」
「前にも言うたがのう、汝にはお前呼ばわりされる謂れはない……」
 杠は笑った。
「柊、汝には悪いがこの横にいる従者が『杠様と闘いたければオレ様を殺してからにしろー』だそうじゃがどうする?」
「え?」
 杠はいたずらをする子供のように笑っていた。
『はあ、手負いの姉様をすぐに殺すのも忍びない。いいでしょうかかってきなさい。ゴミ虫』
「ちょ、ちょっと待てよ! オレそんなこと一度もいってないよな!」
 杠はそっぽを向いた。
「汝は言ったぞ、うむ言った言った」
「嘘言ってんじゃねぇよ! あんなのと闘えるわけないだろ!」
「大丈夫じゃ、死ぬときは一瞬じゃ」
「死ぬこと前提で話してんじゃねえよ!」
「死ぬのが嫌なら死ぬ気で闘うんじゃな。それに、あの娘を助けたいんじゃろ? なら尚更必死に闘うことじゃ」
 オレは握り締めた〈月冥〉を見た。
 オレはあんな怪物と闘って生き残れるのか? それに、葵を助けることなんてできるのか?
「そういえば、必死って言うのは『必ず死ぬ』と書くんじゃが……」
「それ以上言わなくていいよ」
『そろそろよろしいですか? 姉様、そのゴミ虫を殺した後は一緒に楽しみましょう?』
「まあ、汝が妾の従者に勝てるのならのう」
『ふふふ、ではまずゴミ虫を早いところ潰してしまいましょう』
 葵は七枝之剣を右肩に担ぎ、構え、オレ目がけて左肩から入るように突進してくる。
 オレは左に前転して死の刃を回避する。
「あ、あぶねぇー……し、死ぬ」
 葵の振り下ろした剣は今までオレのいた場所を深く抉っていた。
『次はありませんよ』
 葵は振り落としたままの剣を横に薙ぎ払う。
「ひいぃ!」
 オレは四つん這いになりながら逃げまわった。
「真、なにしとるか! 逃げまわっておらんで闘わんか! それでも妾の従者か!」
「オレがいつお前の従者になったんだよ! それに逃げるだけで精一杯なんだよ!!」
 オレは追いかけてくる破砕の音色を背で受けながら走った。
 足を止めれば死ぬ、オレは祭具殿の周りを振り返らずに走った。
 が、転んだ。
 最初に葵が剣で深く抉った地面に足を取られてしまった。
 葵はその隙を見逃さない。
『残念だったねゴミ虫。さようなら』
 振り下ろされる剣。
「刀を抜かぬか! 阿呆!!」
 オレは咄嗟に〈月冥〉の柄を握り抜いた。
 オレを真っ二つにするはずだった剣はオレの頭上ギリギリで止まっていた。
 〈月冥〉の刃は七枝之剣の刃に食い込んでいた。
 葵は〈月冥〉の淡く蒼白い刀身をみて後ろへ飛んだ。
『なぜ、何故!! 何故ここに月冥がある!!』
 葵は今までと比べ物にならない殺気に満ちた目で睨む。
『返せ……返せ!! 私の刀を!!』
 肌にビリビリと静電気の痛みが走る。
 その時、〈月冥〉の刀身が震えた。

――お願い、助けて――

 また、あの声が聞こえる。

――お願い……――

 声が断続的に響く。
 オレは起き上がり〈月冥〉の切先を葵に向ける。
 葵は剣を振りかぶって一直線に向かってくる。
 そんなにお願いされなくたって助けてやるよ。葵を助けるついでによ!!
 振り下ろされる七枝之剣。
七枝之剣が〈月冥〉に触れた瞬間オレは全力で払った。
 七枝之剣は弾かれて空を舞って遠く離れたところに突き刺さった。
「よっしゃ!」
 オレは刀を握りなおして……。
 あれ?
 刀が……ない……。
 後ろをゆっくりと振り向く。
 握っていたはずの〈月冥〉は七枝之剣と同じように空を舞って遥か遠くに突き刺さっていた。
「あほう……」
 杠は顔に手を当てて呆れ果てていた。
 オレと葵は互いに向き合い。
「葵を返せよ」
『黙れゴミ虫が、貴様に返すものなど何もない。貴様こそ〈月冥〉を返せ!』
 オレと葵は動かなかった。
 いや、動けなかった。
 どちらかが先に動いた方が負けるとわかっていたから。
 手を伸ばせば届く距離。
 得物への距離は互いに遥か遠く。
 しかし、それが思い違いだとでも言うように葵がにたりと笑う。
『貴様の負けだ。ゴミ虫』
 嫌な予感がし、真は咄嗟に身を翻す。
 直後、葵の放った炎弾は真の居た場所に直撃する。
 爆風でオレは後方へ吹っ飛んだ。
 世界がぐるぐる廻る。
 何かにぶつかって回転が止まった。
 ぶつかったのは祭具殿の壁だった。
 意識があやふやの中、壁を頼りに立ち上がる。
 身体には傷は無いようだがひどく頭がクラクラする。
 葵は七枝之剣を抜く。
『これで終わり。月冥は返してもらうよゴミ虫……』
「待て、柊。そこまでじゃ。此処からは妾が相手じゃ」

第七章
『あら、姉様。姉様にお相手していただけるのは、そこのゴミ虫を殺した後ではありませんでしたか?』
「あまりに手持ち無沙汰でのう。それに、そこのうつけた従者の闘いぶりが見るに耐えんかったのじゃよ」
 杠はオレを守るようにオレと柊の間に入った。
『日陽を失った姉様がどうやって私と闘うと言うのです?』
「ふ、汝程度、素手で十分じゃ」
 杠はゆったり腰を落として無手を構える。
『姉様、そのような強がりはお止めになった方がいいですよ?』
 七枝之剣の剣先が杠へ向く。
「無駄口叩かず、かかって来たらどうじゃ」
 柊は走りだす。
 剣の刃は杠へと向かって行く。
 杠は向かい来る刃を右手のひらで払いのける。
 杠は間髪入れず左手で掌底を繰り出す。
 しかし、柊は左手を剣から離し身を右に翻すことで掌底を避け、右手で剣を真横に薙ぎ払う。
 杠は剣に合わせて転がって避ける。
 柊は剣を持ち直し、杠へ斬りかかる。
 だが、杠は全て払いのける。
 オレはあやふやな意識の中、地に刺さった〈月冥〉へと近寄り引き抜く。
 杠は柊の剣戟を払いのけてはいるが、小さな傷が杠を少しづつ削っていく。
 今の杠では葵には勝てないだろう……。
「杠! 下がれ! オレが葵を助ける!」
 オレは〈月冥〉を持って杠へ駆け寄る。
「近づくでない真! これは妾達、姉妹の問題じゃ! 葵も妾が助ける、汝はそこで見ておれ!」
「バカかお前! そんな傷だらけで虚勢張ってんじゃねぇよ!」
 オレは自分の頬を叩いて気合を入れる。
 身体の至るところが痛む。
 オレは〈月冥〉を正眼に構える。
 視線の先には杠と柊の闘いがある。

――お願い、助けて――

 〈月冥〉の声に集中する。

――お願い……――
作品名:鬼譚録 ~杠と柊~ 作家名:三木 尚也