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三木 尚也
三木 尚也
novelistID. 26150
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鬼譚録 ~杠と柊~

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 葵は杠の刀を七つの枝の一つで受け止めた。
『捕まえましたよ……。姉様!』
 挟まれた刀は動かすことが出来なくなった。もし、少しでも無理に動かせば刀が折れてしまうだろう。
「くっ!」
 葵は剣を倒す。
 刀が悲鳴の様な軋みを上げる。
『姉様、終わりです』
 葵の短い言葉と共に刀は真っ二つに折れてしまった。
 折れた刃が宙を舞う。
 杠は驚き固まってしまった。
 葵がその隙を見逃す筈もなく、七枝之剣を振りかぶり杠を袈裟に引き裂いた。
 杠の小さな身体から鮮血が噴き出る。
 オレは倒れる杠へ駆け寄り受け止めた。
 杠は気を失っていたが折れた刀の柄を離すことはなかった。
 宙を舞った刃の片割れを葵が手る。
『可哀想な日陽粗末な使い手のせいで折れてしまうなんて……』
 葵は手の中の刃を握った。
 手の刃に亀裂が入り……砕けた。
 砕けた刃は輝く破片となって地に落ちていく。
『本当に可哀想な子……』

第五章
「おーい、起きろー、おーい死んだのか?」
「……」
「おーい」
 オレは寝ている杠のほほを突付いた。
 ぷにぷに。
「起きろー」
 ぷにぷにぷに。
「おーい」
「何を触っとるのじゃ!!」
「何ってほっぺた」
 起き上がった杠は思いのほか元気だった。
「なんじゃ、ほっぺたかや……」
 杠は静かにかつ、速やかにオレの顔面に蹴りを入れた。
「――ッ!!」
 オレは悶絶して床を転がった。
「乙女の肌に無断で触れるとは何事じゃ! 恥を知れ! 恥を!」
 オレは右手を押さえながら左目で杠を見た。
 杠は顔を赤くして怒っていた。
 ほっぺたつつかれたからって怒らなくてもいいじゃないか!!
「人の顔面に蹴りを入れる乙女ってどうなんだよ!」
「で、ここはどこじゃ?」
「話を聞いて!」
「はいはい、後で聞いてやるから、ここはどこじゃ?」
 杠は周りを見渡す。
「ここは月宮神社の祭具殿だよ。昔、ここで葵とよく遊んでたから鍵の開け方とか知っててな」
「祭具殿とな……」
「よく葵のおじさんに危ないって怒られたよ」
 杠は近くに置かれていた折れた刀の柄を手に取った。
 柄から垂れた鎖の先の純白の勾玉が悲しげに淡く輝いていた。
「日陽は折れてしもうたのだな……夢ではないのだな……」
 杠は寂しそうに柄の勾玉を抱きしめた。
「なあ、杠……葵を助けることは出来ないのか? オレにできることなら何でもするぜ?」
 杠はオレを見て……。
「汝じゃ、何の役にも立たぬ。三回生まれ変わってから出直すんじゃな」
 オレは泣いた。
 ちょっと自分では、今のオレカッコいいとか思ったのに!!
「まあ、気持ちは分からんでもない。じゃが、日陽が折れた今、妾(わらわ)にもできることはない……汝と同じ役立たずじゃ」
 オレはなんとか心のダメージを回復させて座りなおした。
「なあ、刀があればいいのか?」
「単なる刀では意味が無い。霊刀でなければ常世の者は斬れぬのだ……」
「霊刀か……妖刀なら確か祭具殿にあったはずなんだけど」
「妖刀はダメじゃ、常世の者も確かに斬れるのじゃがそのかわり命を取られる」
「そ、そうなのか、じゃあ使えないな」
 妖刀怖いな……。
「まあ、何もないよりかはマシじゃろ。妖刀はどこにあるのじゃ?」
「え、使うの?」
「本物かどうか見るだけじゃ。もしかすると霊刀ということもあるかもしれんしのう」
 オレは渋々立ち上がってゴチャゴチャした祭具殿の中を掻き分けて行く。
 祭具殿の一番奥に一本の刀が安置されていた。
 漆黒の鞘に納められた長刀が静かに鎮座している。
 オレは両手で長刀の鞘尻と柄を持ち上げた。
 ずっしりとした重みが両手にかかる。
 結構重いんだな……杠のやつよくこんなの振れるな。
「おーい! 妖刀あったぞ! というか、オレこれ持っても大丈夫なのか? 命持っていかれない?」
「大丈夫じゃ! ビクビクせずに早う来い!!」
 長刀を杠に渡すと、杠は刀を調べ始めた。
 ゆったりとした動きで柄に触れる。
 長刀に鍔は存在せず、漆黒の漆塗りの柄と鞘があるだけ。
 杠は音もなく鯉口を斬った。
 鞘から抜き放たれた刀身は闇を切り裂くように蒼い線を描いた。
 刀身は淡く蒼白い月光のよに輝き、その美しさは宵闇に微笑む白麗の少女をオレに想像させた。
「そ、それは! 霊刀・月冥……まさかここに居るとは……これも因果かのう」
 杠は悲しそうに小さく呟いた。
「なんだ? その刀、妖刀じゃないのか?」
 オレは杠に尋ねたが、杠は刀身をただ、見つめていた。
「この刀はのう……妾の刀、日陽と対になる刀、月冥じゃ……」
「対? つまりセットってことか? じゃあこの刀は使えるんだな!」
「……」
「すごい偶然だな! 杠が使ってた刀のもう一本がここにあるなんて!」
 チンッ……。
 杠は〈月冥〉を納刀した。
「因果とは酷なものだな……」
「ん? どうした?」
「この月冥は本来、柊の物なのじゃ」
「柊? 葵に取り憑いてる杠の妹さんだよな?」
「そうじゃ、冥府の闇に魅入られ、自らも悪鬼となってしまった妾の妹じゃ……」
「なんでこんなところに妹さんの物があるんのだよ?」
「うむ……この地は元々不明門(ふみょうもん)家があったところなのじゃ」
「不明門家?」
「不明門家というのはのう、呪術に強大な力を持った家で、我が東洞院家(とうどういんけ)と対となる家でのう、陽明の東洞院、月明の不明門と言われておった」
 杠は長刀を寝かせるように膝の上に置いた。
「妾と柊は東洞院家に生を受けた。そして母様、父様の愛情を受けて育ったのじゃ、そこまではよかったのじゃ……そこまでは……」
 杠は過去の回想に思いを馳せた。
「妾と柊が育つにつれ、妾は父様や母様に似たところが目立っていったのじゃが、柊は父様にも母様にも似てはおらなんだ……」
 杠の頬に涙が一粒流れた。
「柊は程なくして不明門家の呪術師に鬼に憑かれた子という烙印を押された。そして、不明門家に引き取られ……その時、父様が家宝の二本の刀を我ら二人に分けたのじゃ。一本は妾の日陽、もう一本が柊の月冥じゃ」
「……」
 オレは何も言えなかった。
 悲しそうな杠に何を言ってやればいいのかわからなかった。
「真、この刀を汝が使ってくれぬだろうか?」
「え! オレが? 無理無理! オレ剣道とか高校の授業とかでしかやったことないんだ! 杠が使った方がいいだろう!」
「妾には無理じゃ……この傷では刀を振るえん……なにより、妾には柊の刀は使えんよ……」
 杠は刀をオレに差し出した。
「大丈夫じゃ、汝にはあの娘を想う心があるじゃろ? その心があれば心配いらんよ」
 杠の言葉は優しく、オレは〈月冥〉に手を伸ばした。
 受け取った〈月冥〉は不思議と手に馴染んだ。
 先程のように重くは感じなかった。
「抜いてみよ」
 杠に言われるまま、刀を抜く。
 刀身は先程と変わらず月光のように蒼白く淡く輝いていた。

――あの娘を助けて、お願い――

 頭の中で声が響いた。
 少女の声が反響する。
「どうかしたのかえ?」
「え、今、女の子の声が……」
「汝は気に入られたようじゃな」
「気に入られたというより、懇願された感じかな……」
 突如、爆音が祭具殿に響いた。
作品名:鬼譚録 ~杠と柊~ 作家名:三木 尚也