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アンリ・マティス「Harmony in Red」

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　物たちの細部を大胆に省略しているが、この単純さの故郷は写実的な複雑さである。画家はたいてい、写実的な複雑さを持つ画風を通過した後、単純な画風に至る。克明に描きすぎると逆に描けなくなるものを、単純に描くことで描き出せるからである。
　例えばこの絵の場合、壁やテーブルの色に繊細なグラデーションを施したり、写実的に陰影をつけたりしたら、赤の持つ衝撃力は著しく減殺されてしまう。部屋の中の赤なんて写実的に描いたらだいぶ暗くなってしまうはずで、それでは色彩のコントラストや調和を直接的に描き出すことができなくなってしまうのだ。
　また、壁やテーブルを写実的に彩色してしまうと、壁の中に色彩の構造が出来上がり、壁の部分間の関係が生じてしまう。この絵で重要なのは、壁とそれ以外の物との関係なのであって、壁を構成する部分同士の関係ではない。
　部屋の中のものと赤との調和、部屋の外のものと赤との調和。これを純粋に描き出すためには、赤はなるべく単純でなければならなかった。写実はこの調和を曇らせてしまうのである。