BLお題短編集(同級生CP/年下攻元セフレCP)
浅い傷口(S)
自分の存在価値とは、一体なんだったのだろうか。
初めて体を許した男に、女が出来たからとあっさり捨てられた時。
彼は「俺も男だから」と言った。
男だから、女を抱くのが当たり前だというのか。では自分は?生まれてこのかた性愛の対象が同性でしかない自分は、一体誰を愛し、愛されれば良いのか。
母親を亡くした心の傷が癒えぬまま、手首に当てた刃物を引いた、数年前の夏。
その時の傷は、敢えて隠すほどの深いものではない。言わなければ誰にも分からないだろう。
月日が経って、松田は再び人を愛することを覚えた。同時に、苦しみも覚えた。自分と違う、世間ではノーマルと言われる性的嗜好の友人を自分の我侭で引きずり込んでしまったこと。だからこそ絶対に裏切れないと思った相手を、他の人への想いを募らせて傷つけてしまった。
この性癖では、自分も他人も幸せになれない。もう、一人でいようと思ったのに。
いま隣で寝息を立てている三歳年下の恋人と離れられずにいる。
体の関係を結ぶだけだったこの男が「会いたかった」と自分に縋り付いて涙を見せた時、絶対に自分から手を離してはいけないと、そう思ってしまったのだ。
俊介は松田への想いを認めてからしばらくは照れた様子でぶっきらぼうな態度を取っていたが、次第に表情を和らげて笑みを見せるようになった。それが松田にはまた、離れられない理由のひとつとなっている。
不特定多数を相手に恋愛感情を持たない関係を続けて来た俊介にとって、松田は遅れて来た初恋と言える相手だ。恋を知った時の胸が疼くような甘い気持ちを、松田も覚えている。ましてその相手と恋仲になったのだから、手前味噌ながら俊介はいま幸せなのだろう。
正直なところ、松田はいつ俊介の目が醒めてもおかしくないと冷静な見方もしている。恋は盲目というものだ。俊介は男しか抱けない嗜好ではない。初めて外に感じた居場所が松田の側であり、松田からの愛情を受けることを心地良いと感じているのだろう。セックスの相性が良いというのもある。俊介が自分に向けている感情が、それらをないまぜにした幻想である…と考えられないこともない。もし本当にそうだったとして、そのことに俊介自身が気がつくまでは、と思うのだ。
しかしながら俊介は、時折愛しそうに松田の手首に唇を寄せるのだ。行為の最中に、至極さりげなく。松田みずから傷のことを話してはいない。近づいてよくよく見ないと気付かないはずのその傷痕に俊介は気付いているとでもいうのか。癒すようにキスをして。
俊介の肩を抱く手を少し引き寄せると、喉から小さな声が漏れた。一緒にいることでこの傷が癒えるのなら、自分も俊介の傷を癒してやりたい。愛情を忘れて育った彼に、出来得る限りの愛を注いで、甘やかして。
それが今の松田を生かしている最大の理由なのかもしれない。
俊介の寝息を一瞬だけ吸い取って、松田も瞼を閉じた。
Fin.
作品名:BLお題短編集(同級生CP/年下攻元セフレCP) 作家名:反町しん