BLお題短編集(同級生CP/年下攻元セフレCP)
寂しい花火(S)
一般的な衣替えの時期をしばらく過ぎた頃、ようやくあたたかい服を出すためにクローゼットを片付けていた松田があっと声を上げた。手にして出て来たのは、市販されている花火のセット。夏休みにどうかと用意したものが残っていたらしい。
湿気って使えなくなったら勿体ないと松田がぼやき、では夜の散歩がてら使ってしまおうと俊介が提案し、水を張ったバケツを持って近所の公園まで歩いてきたのがつい先ほどのことだ。
「さすがに、ちょっと冷えるね」
本来花火を楽しむはずの時期よりも10度以上気温が低い秋の夜だ、松田が首を竦めて苦笑するのも無理はない。
「花火なんて、買ってあったんだ」
改めて問うと、松田はろうそくに火を灯しながらうん、と頷いた。
「夏休みに実家に帰れたら持って行こうと思ってたんだけど……」
ああ、と相槌を打ち、俊介は渡されたススキ花火の薬筒にろうそくの火を移した。ほどなくして、明るい光と煙を出しながら炎と火花の演舞が始まる。
「あ、それきれい…わ、」
松田が手に取ったのはスパーク花火で、炎の色を変えた俊介の花火に目を奪われた隙にバチバチと音を立て始めたそれに驚いた様子を見せる。俊介はその様子にくすりと笑うと、手元の光に視線を落とした。
手持ち花火で遊ぶなど、一体何年ぶりのことだろうか。
小学生の時に両親が離婚し、母子家庭となり兄弟のいない俊介には身近な遊び相手がいなくなった。その頃から他人との深い付き合いを避けてきたから、記憶の中の花火遊びはひどく朧げになっている。
役目を終えた花火をバケツに差し入れて、次の一本を手に取った。
「帰らないの、実家」
再び花火の光が顔を照らし始めた時、俊介はそう問うてみた。
夏休みに帰れなかったことは俊介もよく知っている。松田の父親に合わせて盆に休みを取れなかったこと、遅い休みは母親の墓参りと俊介との時間に費やしたこと。
普段の会話で何気なく出てくる些細な話からも、松田がいかに家族を大事に想っているかは言われなくとも分かることで、花火を用意していたというのも年の離れた妹のためだろうと容易に推測できた。
松田も花火を替え、その火を眺めながらそうだね、と呟く。
年末には、と言う松田に、俊介はそう、と答えて、消えかけた花火を少し早めに水につけた。ずっと外にいるにはやはり気温が低い。次は二本いちどに手に取って、一際明るい閃光を煌めかせた。
「あ、そういうことする」
特に怒る様子もなく、口ぶりだけそう言って松田は笑った。
「あのね。うちの母の故郷、花火が盛んだったみたいで」
松田も二本。火が点くと伏し目がちの表情が暗い中でもよく見えた。
「だから花火が好きでね。夏にはよく家族でやったんだけど、小さい頃はよく怒られたなあ、こういうことして」
言いながら二本の花火を少し持ち上げてみせた。何を思い出しているだろうか。俊介はそれ以上聞かずに、次に火を灯した。
松田の母親は、彼が中学生の時に他界している。墓参りの時に見せた松田の涙を、俊介は忘れていない。きっといつも、切ない想いを胸にたたえているのだろう。それでも忘れまいと、こうして花火を買って来て。
パッケージを手に取ると、残っているのは数本の線香花火だけだった。
先ほどまで周囲を明るく照らしていた派手なものとは対照的な静かな火花が、控えめにその存在を主張した。
静かな公園に、静かな音が溶けて行く。
「俊と来られて、よかった」
最後の一本が散り菊になりかけた時、松田がそう呟いた。
ぽとり、光が消えて玉が落ちるその瞬間、俊介はそっと松田の指を握って。
「……帰ろう」
ぐす、と小さく鼻を啜った。
Fin.
作品名:BLお題短編集(同級生CP/年下攻元セフレCP) 作家名:反町しん