小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

桜の頃

INDEX|4ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

     −1−

私こと「和実」とその人「茂倉 圭介」はこの日を境に交際することになるのだが、
当初、人を信じられなかった和実にとって容易く連絡先を教えることなどできそうになかった。
・・・・・。


夕暮れの公園に人気はなくなり夕日もいつしかビルの間へと消えていた。
その公園の街灯がともり、ふたりを浮かびあがらせて見せた。
「そろそろ帰るかな。」
先に腰をあげたのは圭介だった。
「今日は突然に声かけられて正直驚いたよ。君は何か怒っているようだったけど。」
和実は返事もせずベンチに座っていた。
「あっほんとありがとう、拾ってくれて。これ結構大事にしてるから失くした時はかなり焦ったし、ショックだったんだ。
さっきはお礼言うより自分のことだけだったな。あはは」
「プレゼントなの?作ったとか言ってましたっけ。」
圭介は、キーに付けられたストラップを手にして眺めた。
「モグラ?」
和実は聞き返すように尋ねた。
「うんそう、モグラ。ツチにリュウって書く土竜(もぐら)。言わなかったかな。」
「・・」
「僕、しげくら。しげは 草かんむりのしげる。くらは 倉庫のくら。だから、も・ぐ・ら。」
「へえ」
「中学ん時からそれが僕のあだ名。」
「ネズミかと思ったんだけど、違ったんだ。」
和実はふと笑みをこぼした。
「あ、やっと笑った。君、笑えるじゃない。えっと・・ね・・ねだよね。君の」
「ねぎし?」
「そうそう、ねぎしかずみさん。あれっネズミさんだ。あはは」
圭介はよく笑った。
「笑わないでください。でもそう呼ばれてるけど・・。」
和実の声は尻つぼみに消えた。
「じゃあ、これのお礼にこういうの作ってる知り合いに何か作ってもらって渡したいけど、どうやって連絡したらいい?携帯?メール?」
首と手で断る身振りをしたが、少しの間考えていた和実は言った。
「じゃあ、自宅に、自宅に電話ください。」
(自宅かあ・・)
それでも圭介にとっては連絡先がわかっただけで良かった。
圭介は携帯電話に和実の言う番号を慣れた手付きで登録した。
「じゃあ、連絡入れるね。時間は?」
「時間?」
「そう、いきなり深夜に掛けるわけにいかないでしょ。」
和実もここ最近、家庭の固定電話など利用したことがない。
「そっか、じゃあ8時から9時頃なら。」
(その時間ならお母さんはお父さんの食事の支度してるから私が出られる)
「わかった。ああ、遅くなったんじゃない?送ろうか。」
「いえ、大丈夫です。近いから。さようなら。」
「じゃあまたね。」
和実はベンチから立ち上がると振り返りもせず、圭介が笑顔で見送っていてくれることを背中で想像しながら坂を下って行った。


茂倉圭介は、展望公園から見えるこの町(和実が暮らすこの町)の会社に勤めるこの春3年目を迎えた社会人。
大学卒業後、親元を離れ、隣区の住宅地に囲まれたアパートに一人暮らしする25歳。
公共の交通機関を利用するとすれば、この市に張り巡らされている地下を利用した交通となるのだが、
それははるかな大回りを強いられる為、圭介は自家用車での通勤をしている。


社会人である圭介が、あの時間にこの公園を訪れることはほとんどできないことではあったが、この日は社命を受け『桜の季節・花見の名所探し』のために見晴らしの良いここを訪れたのだった。
二度目、夕暮れに間に合うように駆け上がってきたのは定時退社して走ってきたのだ。
きっと和実は気づかなかっただろう、その時圭介は ネクタイを解き、第二ボタンまで外し、息を上げてやって来ていた。

作品名:桜の頃 作家名:甜茶