桜の頃
−14−
まだ残暑が厳しい。デスクワークは冷房の中 心地良いが、外回りは大変である。
でもそんな日常が、圭介の気持ちを落ち着かせていた。
あれから会っていない。
メールも報告のようなものが行き交うだけだった。
事務所の女性たちの服装も肌の露出がかなり目につくことがあったり、汗ばんだ肌が触れることもたまにあった。
「セ・ク・ハ・ラ」
なんて言葉を使えばみんな男側が悪くなるとでも思っているのか・・足も手も剥き出しにしているくせに。
その接し方が上司の目には どう写ったのだろう。
「春日くんは、まるで茂倉君の彼女みたいだねぇー。」
「やっだぁー。セ・ク・ハ・ラ」
(どっちがだよ。迷惑なのは。)
「茂倉さん、あんなこと言われちゃったから いっそ付き合ってみる。」
(誰が?やめてくれよ。)
だがそんな否定ができない状況が起きようとはまだ考えにも無かった。
それは、暑い日の金曜日。
「よし、今日はみんなでビール飲みに行くぞー」
そんな声を上げるのは調子のいい上司である。
(みんなシラケルぞー!あれ?)
暑い日ということと、後から聞こえてきた話から上司の奢(おご)りということで反対派が圭介以外、皆無のような雰囲気だった。
「じゃあ、私たち両手に花ー。」
「おいおい誰の両手かな?」っとまたまたお調子のいい上司があおった。
春日と秋元はクスッと笑う。
「私、右手」
「じゃあ、私、左手」
「茂倉さんの両手は先約済みー」
(参ったな・・)
苦笑いで誤魔化す圭介だった。
定時を迎え、みんないっせいに仕事を片付け、くりだすこととなった。
夕暮れの風はまだ暑かった。
「乾ぱーい!」
飲み会は始まった。
車通勤者は圭介以外にも居たが、皆、会社でのお車一泊を覚悟で参加した。
飲み会が始まってまもなく、暑さに体がまいっていたのか、美味しいサケではなかったが、上司の勧めに無理をして付き合った。
そんな後悔が、会のお開きの後にやってきたのだ。
店の外は、風が心地良く感じられた。
「ちゃんと、女の子は駅まで送って行けよ。」
だが、見回したところでその使命を受けるのは圭介にほかならなかった。
「行こ行こ。皆さーん、お疲れ様でした。ではまた来週。おやすみなさーい。」
両側に春日と秋元が張り付いた感じで圭介は駅までの道を歩いた。
だが、別れた他の社員たちが見えなくなったくらいの所で、圭介の体調は崩れた。
「大丈夫?どっかで休む?」
なんとなく介抱されているのはわかったが、意識はいうことが利かなくなっていた。
2人の女性に抱えられるようにホテルに辿り着いた。
秋元は「悪い。彼氏と待ち合わせしてるんだ。頼むね。」と言って行ってしまった。
残された春日と圭介の噂が社内を回るのに時間はかからなかった。
おそらく、春日自身がその噂の張本人だ。
『人の口に戸は立てられなぬ』『人のうわさも七十五日』よく言ったものだ。
おまけに『人は見かけによらぬもの』と圭介の人格まで疑われるものをいう輩(やから)まで居たりする。
圭介は、以前、和実が悩んでいたことを思い出した。
会社でのこんな状況を話せるのは、無二の親友・雅斗だけと圭介は、胸の詰まりを吐き出していた。
「だから、言ったっしょ、気をつけろと。」
「今、言うなよ。それに素面じゃなかった、とかじゃなくて体調の問題だったんだから。」
「そういう時こそ、可愛い彼女抱くんだよ。」
「・・」
「あれ?ん?なにか俺 まずいとこ当たったか・・」
圭介は、あの時の話を語った。
「で、それ以来会ってない。ってことね。」
圭介はもうひとつの悩みまで思い出す結果になってしまった。
「で、どうするの?このまま自然消滅するの?好きなんでしょ、まだ」
「ああ、でも会えない。会ったらまた同じ事が起きる。でも今度拒否られたら、」
「男として立たなくなると」
「おい、真面目にしゃべったんだぞ。」
その日はとことん愚痴り、語り、笑うこともできるようになったイイサケだった。