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桜の頃

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    −13−

6月に入り圭介の予想通り、仕事も予定が増えてきた。
和実からのメールも「おはよう」と始まってそれっきりの日もあった。
もともと、あまり携帯電話に執着はない彼女ではあったが、やはりないと淋しいものだと感じた。
それでもここ2ヶ月で3度会う機会があった。
いつ会っても、変わらない和実は、愛しかったが淋しかった。

メールに[暑いね]の文字が増えてきた。
季節は夏。
夏の大型連休盆休みが、ふたりの会社でも始まった。
圭介は久しぶりに郷に母をひとり残している雅斗とゆっくり帰省することにした。
二人の郷は隣の県であったが、冬の頃は雪も深くなるため、なかなか帰らなかった。

雅斗は、和実を誘わなくていいのかと気にしていたが、「ああ」と訳は話さなかった。
3日間の帰省ではあったが、郷では懐かしい顔ぶれで盛り上がったり、雅斗と思い出に浸りながら出かけたりして男の友情を深めた。
(と、二人は思ったに違いない)

郷から戻った二人だが、雅斗は翌日から仕事が入っていた。
圭介は残りの休暇をどう過ごそうかと考えていたところへ メールが入ってきた。
[今度の土曜、あっ明日です。お祭りがあります。行きませんか?]
圭介はすぐに返信のメールを送った。
[いいですね。予定をメールしてください。]
和実からの返信もさほど待たずに戻ってきた。

翌日の夕方にさしかかる前、浴衣を着た和実と近隣の街で開催される『大提灯まつり』と『花火大会』に出かけた。
交通手段があまり詳しくない場所のということで車で行くことにした。
近づくに従って交通規制を行なっていたがさほど難なく目的地での駐車スペースを確保できた。

久しぶりのデートであったせいか、和実の浴衣姿に魅せられたか、圭介はいつもほど言葉が出なかった。
でもお祭りの熱気は言葉などなくても十分雰囲気に入り込めた。
祭りの出し物は言うまでもなくふたりは興奮したが、屋台を覗いたり夜店はいつの時代も楽しめるスポットだ。
終盤の花火大会は、圧倒されるほど近く、和実は初めての感動であった。

それも終了を告げると急に静かさを感じた。
人の流れに押されながら、駐車スペースまで戻ったふたりはまだ込み合う道路を走り始めた。
あまりの混雑に圭介は横道に反れて道を探した。
道は狭くはなっていくばかりでなかなか大通りにそこに出ない。
「あそこの道はどうかな?」
進んだ道は広くはなったが、ネオンのきれいな建物がそびえていた。
圭介はそのまま当たり前のような走りで その空いているガレージに車を入庫させた。
と、センサーで管理されているのか、車の後ろでゲートが降りてきた。
和実は、圭介の顔を見たがすぐに下を向いて黙ってしまった。
「降りる?」
圭介は運転席横のボタンでロックを解除したが、和実は身動きしなかった。
「行くよ。」
圭介は、運転席から降りると 助手席側のドア開けた。
圭介はシートベルトの金具を外すと半ば強引に和実の左手首を掴んで車外に連れ出した。
そのまま、目の前の扉を開けると、小さな玄関になっていて横の壁には小窓があった。
和実の下駄が入り口の絨毯の上に転がったが構わず、部屋の中ほどまで連れて入った。
ふたり向き合うと、圭介は、和実の口元に唇を合わせた。
和実の体がぴくっと小さく震えた。
あと2歩もつめれば、大き目のベッドがあった。
圭介は、深呼吸に似た深い息を途中で止めて、和実の体を後ろへと押し進めた。
和実の体がふかふかの布団に横たわったと同じように圭介の体もその横に倒れ込んだ。
「和実、いいよね・・」
浴衣の胸元に手を差し入れることなど容易(たやす)いこと、まして男の力を加えれば、事を成し遂げることもできた。
彼女の答えを待った。
「い、嫌」
静かな声だった。
圭介は、和実からゆっくり離れた。
「帰ろう。」
そういうと圭介は玄関入り口横の小窓にあるインターフォンを押すと「帰ります」と告げた。
財布から料金を支払うと、下駄を揃え、和実に手招きをした。
和実は、少し瞳が潤んでいるように見えたが、圭介は何も話さず、助手席のドアを開け、自分も運転席へと乗り込んだ。

和実の家まで無言のままだった。
マンションの前に着くと、圭介は話し始めた。
「僕も男だから。和実が好きだから。・・・きれいなままでは過ごせない。じゃあ。」
圭介は、和実のシートベルトの金具を外すとフロントガラスに目を移した。
「おやすみなさい。」
小さく和実は告げて車を降りて行った。

車は静かに動き始め、角を曲がって行った。

作品名:桜の頃 作家名:甜茶