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桜の頃

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    −12−

計画実行は6月からと決めていた。
とくに理由(わけ)があるわけではなかったが、仕事も研修なども終わり、忙しさが出てくる頃、会わないことにも気も紛れて
本当の気持ちも見えてくるのではないだろうか。
和実も そして圭介自身も。

4月末から5月の『ゴールデンウイーク』と呼ばれる大型連休は、ふたりとも3、4、5日のカレンダー通りの休みしかなかったが、
朝から夜までいつもより長い時間を過ごすことができた。
だからといってプラトニックな空間は少しも埋められることは起きなかった。

和実は会社でのことはあまり語らなかったが、上司の評価も悪くなく、何かと用を頼まれるようになったと話してくれたことがあったが
本当なんだろう・・残業になる日も増えてきたようで電話やメールも時間が不規則になっていた。
約束をドタキャンされた日には、圭介は雅斗を呼び出して永遠愚痴ったこともあった。
和実にとって自分の存在が何なのかと圭介の方が考え込むことも少なくなかった。

忙しさは、圭介も同じだった。
外を回る日も増えてきたにもかかわらず、デスクワークも減らない状況。
しかも、事務所内では、春日と秋元への指導もあてにされていた。
理解の度合いが分からない空気漏れの二人を相手にするのはかなり苦手でストレスになった。
つい和実へのメールに書き込んでは送信できず消していることもある。
会って安らぎを求めたいが、なんとなくそんなオアシスも砂漠化しつつある。
仕事のスケジュール帳は月末にかけて文字が増えている。
そろそろかな・・。

珍しく定時をわずかに過ぎた頃に退社した圭介は、携帯電話をかけた。
相手は和実。
案の定、携帯電話は留守電設定。
簡易留守メモのアナウンスが聞こえた。
[ただ今、電話の利用を控えなければならない場所に居ます。ピィーという発信音の後にお名前、ご用件をお話しください。]
「あっ圭介です。今日は早く終わったのでどこかで会いましょう。場所決めたらメールに入れとく。頑張れよ。」
(今日は頑張らなくていいから、早く終われ!)
圭介はストラップの《モグラ》に願掛け唇を付けた。
(さて、どこにするかな?)
和実の勤める会社の最寄駅は同じ路線上にあった。
給料日は過ぎたものの、生活費をひくと贅沢ができるほどの小遣いはない圭介だった。
(ここにするか)自動車についているナビゲーションで検索した店は、住宅街にある洋食店だ。

〜手頃な価格でコース料理が食べれる。フロアーメイドが店内を回ってパンのおかわりを給仕してくれるので
 好きなパンを・・つい食べ過ぎてしまう。明るい雰囲気でゆっくり時間も費やせるので話しもしやすい店だ〜と雅斗のお奨めだ。

先に予約を入れるか、和実に確認を取るか。
圭介は携帯電話で最寄り駅と場所を知らせた。
[Y駅1番出口、PM19:30 ][送信]
その後、店に予約を入れた。
(予約取れて良かった)
圭介はほっと一息ついた。

このまま向かっては、まだ時間が余る。
圭介は、久しぶりに展望公園へ寄ってみることにした。
車を止め、坂を上がって行った。
ちょうど夕日がビルの間に隠れるところだ。
空が茜色から暗くなっていく。
和実と出会ったあの日のことが思い出される。
まだ1年前のことなのに遥かな時が過ぎたような錯覚さえ覚える。
何をどう話すかなんて考えているわけではなかったし、別れ話をする気など微塵もないのだから、楽しい時間を過ごすだけ。

・・・なのに、何故こんなに胸が押さえつけられるのだろう・・・

15分ほど居ただろうか、辺りは暗さが増していた。
坂を下り、目的地へと車を走らせた。
向かう途中携帯電話の着信のサイン、和実からだった。
[急なんだもん、ビックリ!今、電車乗ったから。]

約束の時間には間に合わなかったものの、一生懸命になってくれたのはひと目でわかった。
上着を脇に抱え、ファスナーの開いたままのバッグ。
定期乗車券が定期券入れに挟んだままの状態でバッグのポケットから落ちそうにはみ出していた。
「お待たせしましたぁー。ふう、暑い。」
圭介は、いつも通りの彼女が可愛く思えた。
(今日は、和実の話聞いてやろうかな)
和実を見つめながら笑みがこぼれそうになった。
「間に合う?」
「大丈夫。あっ家に連絡してあるの?」
「ううん、まだ。とりあえず走ってきたから。ここからしてもいいかな。」
圭介は頷くと、和実はにっこりして電話を掛け始めた。
そんなうちに、ふたりは店の駐車場へと到着した。
「・・・じゃあね。」
電話を切ると圭介に向き直って和実は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「報告終わりました。」
「行こうか。」
自動車を降りたふたりは店の入り口に向かう。
和実は半歩ほど圭介の後ろを着いて歩いた。

予約を入れていたおかげで、料理もさほど待たずして食べることができた。
腹ペコなふたりにはありがたかった。
そのせいか、前菜、スープはすぐに腹におさまってしまった。
メインの料理が目の前に出てくるまでに、ふたりは、店自慢のパンを無言で食べてしまっていたのだから。
「仕事慣れた?」
「まだまだ。覚えることばかり、メモはするんだけど、何書いたかわからなくなってたり、コピーは取れるようになったよ。
ああ、でもFAX送るのに『白紙が届きましたよ。』って事があったの。」
「うん、それは僕もやった事あるから大丈夫。って駄目か。あはは」
そんなこんなの話は楽しかった。
最後のデザートが出されて、圭介は少し緊張した。
「ねえ和実」
「・・」
「最近ちょっと僕の方も仕事立て込んじゃって、和実も忙しいみたいだから、少し会うの無理しないようにしないか?」
「・・」
「時間がゆっくり取れた時とか、なんかイベントみたいな時とかに会うとか」
「・・うん。わかった。圭介さんに無理させちゃってたんだね。メールとかするし・・わかった」
和実の表情が一瞬曇ったように感じたのは圭介だけだったのか、和実は美味しそうにデザートを食べた。

「今日は僕が誘ったから100パーお任せください。」
「ごちそうさま」
店を出て ふたりは少し遠回りして和実のマンションへと向かった。
「今日はありがとう。ずっと仕事で緊張していたから、楽しかった。おやすみなさい。」
「和実」
圭介は下りかける和実の右の頬に唇で触れた。
和実は口先を尖らせた笑みを浮かべて頬を赤らめたようにも見えたが、無言で車を降りた。
そして小さく手を振った。
圭介は車を発進させるとカーラジオをつけたが、DJや流れる曲を聞く気はなかった。
(言うんじゃなかったのかな・・でもまたこのままが続くだけ)
そんな葛藤の中、車はアパートの駐車場に着いた。

作品名:桜の頃 作家名:甜茶