潮風の街から
ささやかな証
夫の仕事の関係で、中国の王先生ご夫妻をわが家に招いたのは4年前の暮れのことだった。日本の思想史の研究家である先生は、日本語が堪能だが、奥様はまったくしゃべれなかった。
仕事の期限が迫っている先生と夫は、二階の部屋にカンヅメ状態。互いに言葉の通じないわたしと奥様が取り残され、身振り手振りと筆談で、餃子を作ることになった。
中国では親戚中が集まって、一緒に作って食べるというから、分量も半端ではない。
皮には小麦粉を1キロ使い、具も挽肉1キロに白菜まるごと1個を刻んで使った。ニラ、ネギ、ショウガをいれたら、エビを7尾たたいて加えるのが隠し味。しょうゆ、塩で味を調え、たっぷりのごま油を加える。
皮をのして具を包もうとしたとき、息抜きにやってきた先生は、慣れた手つきで次々と包み始めた。
「これは男の包み方ですよ」
と、見せてくれたものは三日月の形で、ひだがない。ひだをいれるのは日本人が考えたのだそうだ。そして、奥様が包んだのはかわいらしいつぼみのような形だった。
男女が完全に平等な中国でも、こういうところに男女の違いが出るのかと、妙に感心してしまった。
なぜか、わたしには「男の包み方」が性にあったようで、どうやってもかわいらしく包めなかった。
大晦日のその晩、友人家族も招いて年越しのパーティーになった。奥様は、大張り切りで、天津風の炒め物をいろいろ作ってくださった。
近くのお寺で除夜の鐘を突き、新年の朝は早起きして初日の出を見に行った。
そして、日本のおせち料理を食べたいという、同じ宿舎にすんでいる中国人のご夫婦のために、わたしの作ったおせち料理をおみやげに持って、ご夫妻は2日に帰られた。奥様が、自分の家にいたようだと言ってくれたのがうれしかった。
やがて王先生ご夫妻は中国に帰国したが、先生は突然病にたおれ、2年前の秋、治療の甲斐もなく亡くなられた。
王先生ご夫妻のおだやかな笑顔をなつかしく思いながら、わたしはあいかわらず、「男の包み方」で、餃子をたくさん作り、友人、知人に配ってまわる。
ささやかな、日中友好の証しのつもりで。
(執筆 2001年)