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てっしゅう
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「哀の川」 第三章 クリスマスナイト

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直樹と麻子は顔を見合わせて、そして苦笑いした。解っているのに、上手いコメントを言ったなあと、商売上手を感心したが、術にはまってしまった。麻子は直樹が夫に見えたという事だけで嬉しかったし、買ってあげてもいいと思った。

「じゃあ、これ頂きます。いいよね?直樹」
「うん、いいけど・・・ありがとう。凄く嬉しい」

店員の女性は直樹に時計を手渡した時に、小さな声で、「素敵な奥様ですね。羨ましいですわ」と言った。これもサービスなんだろうか・・・

少し歩いてカフェに入った。今日は結構歩いていたので二人とも足が疲れていた。煎りたての薫り高いコーヒー豆の匂いが店内に漂っていた。「いらっしゃいませ!お二人様ですね。こちらの席にどうぞ・・・」そう案内されて、二人掛けの席に座った。直樹はアメリカンを、麻子も同じでと注文した。最近はいつも直樹と同じものを食べ、同じものを飲む麻子だった。

「今日は疲れたね。普段あまり歩かないから・・・だよねきっと」
「そうだね。僕もあまり歩かないからなあ。車じゃなくこうして電車でデートするのもいいね。ゆっくり出来るし、キミとずっと手を繋いでいられるし・・・」
「うん、そうね。これからそうしましょう。そろそろ遠くへ出かけたいし。ねえ、大会が済んだら旅行しましょうよ!お疲れ様って感じで」
「いいね、それいいよ。有休とって平日に出かけようか。でも、純一君が居るから無理か・・・」
「純一は四月からもう六年生よ。一人で大丈夫。姉に頼んでおくわ。仲いいもの姉とは」
「それなら安心だね。どこがいい?・・・まだ早いか、アハハ・・・」
「まだ早いわね、確かに。でも、四月になるから桜が綺麗で温泉がいいな。以前から行ってみたいと思っていたところがあるの」
「へえ〜どこ?」
「白川郷。知ってる?岐阜の」
「地名は知っているけど、そこって山奥じゃないの?」
「多分・・・合掌造りの村。桜の咲く時期を調べて予定を考えましょう。私に任せて、決まったら知らせるから」
「わかった。任せるよ」

テーブルに運ばれたコーヒーを飲み話し合っているうちに外は暗くなってきた。カフェを出て、二人は表通りからタクシーでホテルへと向かった。「どちらまで?」運転手の問いかけに、「ニューオオタニまで」と麻子は答えた。

タクシーはホテルの前に着いた。手荷物もなく二人はロビーに入り麻子が受付に向かった。

「直樹はここで待ってて。チェックインは私がしてくるから」
「うん、わかった」
「今日の予約をしていました山崎麻子です」
麻子は旧姓を名乗っていた。それは大西の妻ではないという気持ちになりたかったからだ。
「山崎様、ありがとうございます。ではこちらにご署名お願いいたします」

出された宿泊カードに、住所と名前を書いた。フロントマンは、それを受け取り、もう一度丁寧に挨拶をした。

「これは山崎様、失礼ですが裕子様とお繋がりがございますでしょうか?」
「はい、姉です」
「そうでしたか、いつもお世話になっております。少々お待ちいただけますか・・・支配人!・・・」
そう言って支配人らしき男性を連れてきた。

「私は当ホテルのフロアー支配人、高木と申します。山崎裕子様には大変お世話になっておりまして、妹様とお聞きいたしまして、是非にご挨拶までとまかりこしました。本日のご利用まことにありがとうございます」

裕子はダンスの発表会や大会の打ち上げパーティーなどを必ずここで開いていた。毎年数回あるからここ十年で大したお得意様になっていたのだ。

麻子は恥ずかしそうに直樹を紹介し部屋へ支配人に案内された。特別の計らいで予約していたデラックスツインの部屋はジュニアスイートに格上げされていた。「こちらのお部屋をご用意させて頂きました。ご不便ございましたら何なりとお申し付け下さい。それではごゆっくり」支配人は頭を深く下げて部屋から出て行った。

「麻子、凄いね、この部屋!ベッドルームが別にあるよ。初めて」
「姉が得意様だったとは気付かなかったわ・・・でも、得したね。直樹のこと・・・夫って書いちゃった・・・山崎直樹って・・・ゴメンね。大西って書きたくなかったの。でもそれが幸をなしたから、不思議ね」
「不思議じゃないよ、僕たちはこれが運命なんだよ・・・」
「直樹!本当?今までのことウソじゃないわよね?」
「当たり前じゃないか!麻子のこと・・・もう妻だと思っているよ」

窓から見える都心の光景はいつもより少ないイルミネーションだったが、二人の心にともされている明かりは輝くばかりの色彩を放っていた。

麻子は部屋の電話で実家にかけて純一に帰れないから姉の言う事を良く聞いて待ってるように話した。そして、裕子に代わってホテルでの事を話した。

「支配人さんにお礼を言われちゃったわ。お部屋までランクアップして頂いたし、姉さんがお得意様だって知らなかったから、驚いちゃったわ」
「ええっ?ニューオータニに居るの?それなら先に私に言えばよかったのに・・・って知らなかったわよね、言わないでいたし。そうなの・・・良かったね、直樹さんと二人で。純一のことは心配ないよ。もう五年生だしね。おかあちゃ〜ん、って甘える年じゃないから、ハハハ・・・。可愛い甥っ子だから、私も嬉しいのよ一緒に居れる事が」
「ありがとう、姉さん・・・明日は早めに帰るから」
「いいのよ気にしないで、ゆっくりとしなさいよ。麻子は功一郎さんしか知らないから、直樹さんの魅力にはまったのね・・・運命なのかなあ。私は直樹さんと再婚しても応援するわよ。あなたがしっかりとした気持ちでお付合いするならそのほうが幸せになれるかも知れないしね」
「うん、そうね、しっかりとよね・・・せめて同じ年ならもっと積極的になっていたかも知れないけど、やがておばあちゃんになってしまうし・・・自信がないの。直樹は若いし」
「なにを言ってるのよ!弱気な。直樹さんはあなたのことが好きなのよ。あなたがそんな気持ちじゃ負けちゃうわよ!私と違って麻子は女らしいからいつまでも若く居られるよ。もっと自分に自信を持ちなさい!そこがあなたの昔からの欠点よ」

姉は麻子のことを良く見ている。解っていることなのに、自信がもてない麻子だった。功一郎の言われるままに、されるがままに生きてきた事への反省をこれからの自分の行動に活かさないといけない、そう姉は教えているのだった。

「長い電話だったね、何を話していたの?」直樹は聞いた。
「うん、あなたとの事を応援するって言ってくれたわ、姉が。私にもっと積極的になれって」
「そんな事言ったの・・・裕子さん、理解あるんだね。いいお姉さんじゃないか。お姉さんこそ一人で居るのは勿体無いよ、美人だし、行動的だし」
「そうなのよね、姉が一人で居ることが不思議・・・」言いかけてやめた。

「どうしたの?何か言えない事でもあるの?」