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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「哀の川」 第三章 クリスマスナイト

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「麻子、またそれを言ってる。もうやめろよ!僕は今のキミとこれからのキミ、そしてどんなことがあっても最後まで傍に居たいし、いるつもりだから。若い子に気持ちが変わるなんて絶対に無いから、信じて欲しい」
「そうよね・・・そうじゃないとこんなに良くしてくれてないわよね。私は主人しか男の人を知らないから、あなたの優しさがこころから受け入れることが出来ないのよね。あんな人だから。結婚したときは、お前以外に好きにならない、とか、浮気はしないとか言ってくれていたのに・・・この十年でどれだけ・・・二人の距離をお金が引き離してしまったと思えるのよ。贅沢な悩みって人に話すときっと言われるわよね。私だって、仕事して暮らしに追われていたら、恋愛なんて出来ないし、しようとも思わないよねきっと・・・生きることに精一杯になっちゃうから・・・」

麻子の言うことは直樹からは大人の考えに映った。確かにそうである。浮気なんて貧乏人がすることじゃない、いやしている暇と金が無い。だからといって生活に終われる人生が幸せに終わるということでもない。結婚して、子育てして、子供を独立させ、孫に囲まれ、夫婦で最後まで手を取り合って生きて行ければ、幸せかも知れないが、絵に描いたような生き方をすべての人が出来るわけもないし、人の欲望は叶える事でより幸せになると錯覚し始めることから崩れてゆくのである。

「直樹!もうぐずらないから、許して。あなたといることで十分なのに、それ以上を考えてしまう自分がいけないの。ねえ、直樹は始めて好きになった人って、どんな人だったの?」
「ええっ?急に話題を振るんだね・・・ん〜、麻子だよ」
「ダメ!そんなうそ。過去の事だから言いなさい」
「怖いなあ・・・言いなさいかよ、参ったな・・・」

麻子は笑っていた。直樹は安心した。やっぱり笑顔が最高にきれいだと思えたからである。

「大学のときに始めて女の子と付き合ったよ。アルバイトで知り合ったかな。一つ年下で僕は二十になったとき。ちょうど今頃からバイト始めて、正月明けまでやっていた。誕生日が一月だろう、その時にお祝いしてあげるって言われて・・・誘われたような感じかな」
「もてていたんだね、直樹は」
「それは違うよ。こんな顔だよ、ハハハ、その子は寂しかったんだよ。一人暮らししていて、親元から離れて学校に通っていたから。まあ、僕も同じだったけど。なんだか慰めあうような話でお互いが付き合うようになったみたい」
「そうなの、じゃあ、その人が初めての人なのね?」
「まあ・・・そう。麻子は?」

「私は引っ込み思案な性格でいつも姉に注意されていたわ。姉が連れてくる男友達に、紹介させるからと毎回のように言われていたけど、断っていた。男嫌いだったのよね。姉を見ていて、イヤだなあっていつも感じていたから。大学のときも男友達は居なかった。OLになって始めて通勤電車で今の夫と出合ったの。私が渋谷で満員電車からはじき出されて、たまたま居た主人に押し戻してもらって。そんなことがきっかけで、お礼にと次の日に同じホームで待ち合わせして、それから交際が始まった。とても紳士な人で、頭もよく、この人ならって心を初めて開いたの」
「それでさっき電車の中で通勤していたときに出会ったって言ったのか。いい感じじゃない、羨ましいなあ。その時に自分が居たら、キミの夫になっていたんだよね?」
「えっ?・・・それはそうなるかも知れないけど・・・それじゃあ、今の直樹は、誰になるわけ?」
「何を言ってるんだい!そんな人出来るわけないじゃないの。僕はずっとキミを愛しているんだから・・・」
「そうね、そうよね、そうなってたわよね。二人でここに住んでいたのかも知れないね。なんか歌の文句みたい・・・」
「アハハハ・・・神田川か、でも結局あれは別れるんだろう。僕は離さないよ、麻子といることが最高の幸せなんだから」

二人は目を合わせて、それから強く抱き合った。テーブルに置かれた直樹が煎れたコーヒーがこぼれそうに揺れた。そのまま、ベッドに重なるように倒れこんだ。


何時間が経ったのだろうか。薄暗くなっていた窓の外を見て、麻子は帰ると言い出した。本当はもっと居たかったし、今夜も泊まりたかった。しかし、今日はイヴ、明日は学校なので、純一と夜は二人でクリスマスをやろうと約束していた。もう一度とせがんできた直樹を制して、服を着た。

「直樹、本当にありがとう。もう練習は今年は無いけど、来年からは気合入れて頑張ろうね。大会が近づいているし。ね?」
「うん、来年は頑張る。よろしくです。ところでもう今年は逢えないの?」
「主人が帰ってくるのは明日だけど、お正月の用意とかがあるし、純一の学校も休みだし、無理かなあ・・・正月明けに実家に帰る予定だから、その時に純一を母に預けて一日ぐらい逢おうか。初詣に行ってもいいよね?」
「うん、分かった。楽しみにしているよ。僕は年末から実家に帰って、お正月明けに戻ってくるよ。三日か四日にでも初詣に行こう」
「そうね、そうしましょう。実家の電話番号教えておくね」

直樹は麻子を明治通りまで送り、タクシーを拾って、別れた。後ろを振り返り手を振っている麻子にいつまでも応えていた。少し風が強くなって寒くなってきた。木枯らしはこのまま日本経済を凍えさせるほど強くなってゆき、1990年の直樹と麻子の出逢いの年は暮れてゆく。



1991年の年が明けた。郷里の神戸から戻ってきた直樹は三日の昼に教えてもらった麻子の実家に電話した。

「もしもし斉藤といいますが、麻子さんは居られますでしょうか?」
「あら、斉藤さん、おめでとうございます!裕子です」
「あっ、おめでとうございます、先生・・・いや裕子さん」
「今年もよろしくお願いしますね。ちょっと待ってね、今代わるから」
「はい、麻子です。直樹ね。おめでとうございます。電話待ってたわ」
「おめでとう。ちょっと遅くなっちゃったね」
「いいのよ、いつでも出れるから・・・この前タクシー乗ったあそこの前で待ってて。車ですぐ行くから・・・今12時半だから、1時に」
「うん、解った。待っているよ、じゃあ」

麻子の実家も渋谷だった。大橋事務所に近いほうで、今の住まいから歩ける距離にあった。麻子は純一を母と姉に預け出かけた。玄関先で姉の裕子に、「帰らないかも知れないから、その時は純一に上手く話して」と頼んだ。ニコッと笑って全てを飲み込んだ裕子は、すでに麻子と直樹の関係を知っていた。それとなく麻子は話していたからだ。気持ちの苦しさを吐き出せる相手は、信頼の置ける姉裕子以外になかった。

「純一の事は任せて、ゆっくりと楽しんでらっしゃい」
「ありがとう、じゃあ、行って来るね」

赤いゴルフは正月で空いている明治通りを高田馬場方面に向かって走り出した。直樹は気が急いていて、1時より前にすでに通りで立って待っていた。寒風が身を凍らせる。早く来ないかとじっと渋谷方面を見続けていた。

麻子の赤いゴルフを見つけた直樹は大きく手を振った。車が止まる。辺りは正月なので人通りも車も少ない。ドアから降りてきて歩道側に居る直樹に駆け寄り、麻子は跳びついた。直樹もそれを抱き寄せた。

「直樹!逢いたかった・・・キスして」