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ラルツァの魔女はあなたのために

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 ここでジアルーダと口論を始めさせるわけにはいかない。他の夜会客たちが、遠巻きながら興味津々でこちらをうかがっている。
 しかしダウフィはやめる気などさらさらないようだった。
「おれがカウロ・ディードマウロの遺産相続人になったのは、先代のラルツァの魔女のまじないのおかげだって話も広まってるそうだしな。その上いまだに魔女と関わりがあるっていうんじゃ、こういうところのお偉くてお上品な人間の集まりにはいられなくなる。あんたはそう言いたいんだろ。そうならないように黙っててやるから、見返りをよこせってな」
 ダウフィの反撃を受けてひるんだかと思われたジアルーダは、だがすぐに立ち直った。
「わたし、賢い殿方は好きですわよ。ええ、そのとおりですわ。あなたには、育ちにふさわしくない遺産が待っているのですもの。これからこの街でうまくやっていくためには、わたしの助けが必要なのではなくて? そしてわたしにも、あなたの助けは必要なのですわ」
「おれの助けじゃなくて、おれがもらうことになってる遺産の助けだろ」
「否定はいたしませんわ。けれども、ダウフレードさまは賢い上に端整なお顔立ちですし、その気になられれば洗練されたふるまいもおできになりますし、わたしはあなたの財産同様にあなたを愛し、忠実な妻となることができますわ。ですから、よくお考えになって」
 妖精の姫のような可憐な顔がダウフィに微笑みかける。
「ラルツァの魔女にも会いました。口実としてあなたとのまじないを頼んではみましたけれども、評判どおり、到底あてにはできそうにない魔女でしたわ。あなたにとっても同じこと。先代の魔女は男の身でも頼るだけの価値があったかもしれませんけれども、当代の魔女は無理ですわ。あなたを助けることができるのはラルツァの魔女ではなくて、ゼントリーゼ家のジアルーダなのですよ」
 そう言うと、ジアルーダはレピにその笑顔を向けた。
「あなたがどういったご関係の方なのかは、うかがわないことにいたしますわ。ただ、二度とダウフレードさまにはお会いにならないでくださいますわね。ダウフレードさまがこの街の上流階級に快く受け入れられるためには、大商人の父と貴族の母を持つわたしの助けが不可欠なのですもの。それくらい、あなたもおわかりになるでしょう?」
 レピはまっすぐ彼女を見つめた。けれどもやはり彼女は、レピには気づかなかった。
 おそらくいまも、レピ個人を知ろうなどは思っていないのだろう。自分の恋敵、それも自分よりずっと不利な条件の弱者だとさえわかれば、それだけで彼女には十分なのだろう。
「……ジアルーダさん。わたし、謝ります」
「あら、謝罪まではなさらなくてもよろしくてよ。ダウフレードさまと二度と関わりにならずにいてくださるのでしたら、それで十分ですわ」
「そのことじゃないんです。わたし、ジアルーダさんは真情からダウフィを愛しているのかと思って、恋愛のまじないをひきうけたんです。ですけど、ジアルーダさんが好きなのはダウフィのお金や上辺ばっかりで、真情がないと思うんです。ですからもう、恋愛のまじないはかけられません。そのことについて謝ります」
 レピはドレスの下に忍ばせていた小袋を出し、中のデュカ金貨をジアルーダに渡した。初めての報酬として宝物にする予定だったが、まったく惜しくなどなかった。
「本当にすみません。相談料もお返しします」
 それでもまだレピの謝罪の意味が呑み込めなくてぽかんとしているジアルーダに、ダウフィが屈託ない笑い声をあげる。
「あんたの頭は金勘定専門らしいな。こいつはあんたが相談したラルツァの魔女だよ」
 そこでやっとジアルーダのすみれ色の目が大きくみひらかれた。
 ダウフィは笑い声をおさめると、丁重な口調に切り替えた。
「そういうことなのですよ、ジアルーダ嬢。遺産相続前で手もと不如意の貧乏学生が買うような似合いもしないリボンなど捨てて、いまこの場で触れまわってはいかがですか? あなたが何をどう言おうと、こちらは一向にかまいませんよ。うっとうしい小ばえにたかられるくらいなら、むしろ遺産など相続しないほうがありがたいくらいですので」
 ジアルーダの顔が憤怒でかあっと赤くなった。彼女はそれを言葉に出すかわり、勢いよく顔をそむけて行ってしまった。
「あ、ジアルーダさん!」
「どこへでも行かせちまえ。こっちにはこれ以上話すことも聞きたいこともないぞ」
「でも、このままじゃダウフィの評判が――」
「なんであんなやつらに気に入られるために、おまえを知らないふりをしなきゃなんないんだ。仲間入りなんてこっちから願い下げだ。もう用は済んだんだ、馬車の仕度まで時間をつぶしたら、とっとと帰るぞ」
 そう言って庭の小道へおりてしまったダウフィを、レピはあわてて追いかけた。
「これでわかっただろ。おまえは、あんなやつに惚れてあんなやつの仲間になったら幸せになれるなんて言ったんだぞ。自分が嘘つきの無責任だって認めるんだろうな?」
 レピはびくっとたじろいだ。
「……ごめん。ジアルーダさんが本心ではあんなふうに思ってたなんて、全然気づかなかった。手かごを贈ってくれてた優しい人だって思い込んでたから……でも、あれはダウフィだったんだね」
「当たり前だろ。まじないもろくに使えない半端魔女を気にかけるような奇特なやつが、あっちこっちにごろごろいるわけがないだろうが。どこまでお気楽にできてんだ」
「だって、まさかダウフィがそんなことしてくれるなんて思わなかったんだもの。ダウフィは男だから、ラルツァの魔女に関わろうとするはずがないって思ってて――それに昔わたしを応援してくれた言葉だけで、もう十分だったんだもの」
 広間によみがえった活発な話し声が、遠くここまで聞こえてくる。先ほどのジアルーダとのやりとりに全神経を集中させていた夜会客たちが、いま見たものについて興奮しながら話し合っているにちがいない。そうと思うと、自然と全身が震えてくる。
「……本当にごめん、ダウフィ。みんなわたしのせいだ。わたしがちゃんといい魔女になれてたら、ダウフィにこんなふうに迷惑かけることもなかったのに……」
「なんでおまえが謝るんだよ」
「だってわたしのせいだもの……」
「変なところで頭が固いな。まじないも使えない上にそんなんじゃ、ますます見込み薄いぞ。大体だな、半端魔女のくせに手を抜こうとするから、こんなことになるんだ」
 いつもじゃれあうような口げんかのきっかけをくれたダウフィの毒舌が、いまは重い。
 申し訳ないと思う気持ちが心を埋め尽くす。その上さらに一瞬ごとにふくれあがっていく。
 泣きたくなるあまり、なぜかレピの顔は力なく笑った。
「わたしはたしかに半端魔女だけど、だけど手なんか抜いてないよ……」
「いいや、これ以上なく抜いた。半端魔女がそんな手抜きをするから、こんなふうに面倒が起きるんだ」
 その言葉は容赦なくレピの心に突き刺さった。もはやうつろな笑みすら消えた。
 ダウフィにそう言われても仕方なかった。いい魔女になるどころか、たったいまもジアルーダの脅迫という迷惑をダウフィにかけてしまっているのだから――
「……ごめんなさい……」