小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ラルツァの魔女はあなたのために

INDEX|6ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

「そんなことないよ。ダウフィ、自信持ちなよ。ダウフィだって、もうすぐ街一番の大金持ちなんだよ? 本物の貴族の血を引くお姫さまだって、ひるむことないよ。だいたい、ジアルーダさんはダウフィのことが好きなんだし」
「こっちはちっとも好きじゃない」
「そんなこと言わないでよ。わたしはジアルーダさん、大好きだよ。もちろんダウフィも」
「ああそうかよ、そりゃどうも。ありがたすぎて、泣けてくるほどうれしいね」
「変にひねくれてないで聞いてよ、ダウフィ。それじゃダウフィが嫌いなお金目当ての上辺だけの人と同じだよ。お金持ちや貴族が嫌いでもいいけど、そんな上辺のことは忘れて、ジアルーダさんだけを見てあげて。ダウフィならできるよ。だってダウフィは、ラルツァの魔女のわたしともこうして話せるんだから。ジアルーダさんは本当に優しい女の子だよ」
 手かごの贈り物について話せば、ダウフィも彼女の優しさを納得するにちがいない。
 けれどもそれでは、いい魔女になれと最初に言ってくれたダウフィに、そうなれたとはまだ言えない自分の窮状ぶりを暴露することにもなる。
 ダウフィにはそんなことは絶対に知られたくなかった。だからレピはそれ以外の言葉で彼に懸命に訴える。
「あの人とだったらきっとダウフィは、ううん、ダウフィだけじゃなくって、まわりのみんなまで幸せになれるよ。少なくとも、わたしはそう。ラルツァの魔女としてひきうけた相談だからじゃなくって、心からそう思ってる。あの人はきっとダウフィを助けてくれるから」
 だが、機嫌の悪そうなダウフィの表情は変わらない。それどころか皮肉な口ぶりで言った。
「お気楽な顔して、何が幸せになれるよ、だ。半端魔女どころか、嘘つき魔女かよ」
「どうしてわたしが嘘つきになっちゃうの!?」
「嘘つきじゃないなら、無責任って言ってやってもいいぞ。どっちがいい」
「どっちもおことわり。なんでそんなことになるの」
「ラルツァの魔女は人を幸せにするためにまじないをかけるんだろ。それとも男は除外か?」
「そんなことないよ。男の人のほうが、ラルツァの魔女を全然信じてくれないだけで」
「そりゃそうだな。期待はずれどころかこんな見当はずれの魔女を信じられるか」
「ひどい! たしかにダウフィがわたしのまじないなんて全然信じてないことは知ってるよ。だけど、わたし自身のことは信じてくれてると思ってたのに――」
「とにかく自分の目で確かめろ。一緒に来い」
 ダウフィはレピの手を取った。乱暴とまではいかなくとも、有無を言わせない力だった。レピはせめてマントのフードをかぶる以外に何もできなかった。
 街に着いたダウフィが入ったのは、自分の家ではなく、市場に面した仕立屋の店舗だった。
 大きくはないが品のある店内は、外国産らしき珍しいさまざまな布地が整然と棚に積まれ、仕事を受ける針子と注文に来た客とがおだやかな声で相談している。
 そんな中、店主がすぐにダウフィを見つけてやってくる。
「これはダウフレードさま、ようこそいらっしゃいました」
「時間がなくて悪いんだが、こいつに全部見つくろってやってくれないか。採寸して一から作らなくても、今日の夜会に連れていける程度にしてくれればいい。ただ、おれの正式な相続は大学卒業後だから、支払は出世払いだ。できるか?」
 レピは目を丸くしてダウフィを見上げた。
 そんなレピをさりげなく冷静に見やった店主は、控えめながら自信に満ちた笑みを返した。
「できない、などという返答は、ダウフレードさまにはご用意しておりませんよ。さっそく家内に申し付けまして、こちらのお嬢さまの夜会のためのお仕度を整えさせましょう。お任せください、デュラーナ一の名花となりますとも。どうぞ、こちらに」
 ふたりは奥の応接間に通された。店舗の声も届かないゆったりとした贅沢な造りは、特別な客のための部屋であることは明らかだった。レピはなかば怯えながらささやいた。
「ダウフィ、何……? 何をするの……?」
「数少ない金持ちの特権行使だよ。この店は金は取る分、腕は確かだ。いいから従っとけ」
「え、ちょっと待って、そんなのだめだよ!」
「反論はいつか暇があったら聞いてやる。いまはない」
 ダウフィの手が、さっとレピのマントをさらっていく。
 あわてふためいたレピが、ラルツァの魔女の一番の特徴である髪を隠す暇もなかった。
「お待たせいたしました、ダウフレードさま」
 女店主が入ってきた。彼女も夫と同じようにダウフィに丁重なあいさつをしたあと、レピを見つめて微笑んだ。
「では、大切なお嬢さまをお預かりいたします。お時間はいただきますが、それだけの価値はあったとご納得いただけるものと思いますわ」
 そこからは、レピはただ周囲が作る流れに身を委ねるより他になかった。
 いくつかの縫製済みの服を体にあてられ、その中から女店主が一着を選び出した。
「こちらをお嬢さまの体にぴったり合うようお直しいたしまして、さらに夜会にふさわしい飾りをつけておきます。そのあいだに他を整えてしまいましょう。お好みはございますか?」
「こ、好みですか?」
「ええ。この街にはさまざまな土地の方がいらっしゃって、さまざまな禁忌をお持ちですから、その確認ですわ。何かございますか? 櫛はさせないとか、紅はいけないとか」
 禁忌というならば、ラルツァの魔女と知られることこそが唯一にして絶対の禁忌だった。
 ラルツァの魔女は、あくまでも女たちのための存在である。なのに男であるダウフィがそんな魔女と親しいと知られてしまえば、まるで女のような行動だということで、いまの彼が属する体裁を何よりも大事に考える世界ではとてつもない恥となる。
 そうと知っていたからこそ、レピは夜を選んで彼を訪ね、フードをかぶって港を歩いた。
 なのにどうしてダウフィはこんな無茶をするんだろう、とレピは泣きそうになった。そして彼の立場を心配した。
「……お願いです。ダウフィのお友達なのでしたら、わたしのことは今日かぎりで忘れてもらえませんか? わたしと一緒にいたなんて知られたら、ダウフィが困るんです」
 すると女店主は、手は忙しく動かしながらも微笑んだ。
「ご安心くださいな。あなたは、いずれこの街一の名士になられるダウフレードさまの大切なお嬢さま。そんな方にふさわしいお召し物を整えてさしあげることだけが、わたくしどもの仕事ですわ。あなたがどこのどちらであるかなど、よけいな詮索などいたしません」
 手入れした髪をまとめ、合間に軽食まで出されながら丹念に顔と体を装っていくうちに、先ほど選んだ服が襟や胸ぐりや袖口や裾に種々の飾りを施されて戻ってきた。
「急ぎ仕事で申し訳ございません」
 女店主はそう詫びたが、レピの目には気後れするほど豪華なドレスにしか見えなかった。
「ちょうどお時間でございますわ。主人が馬車を呼んであります」
 レピはそのドレスを着せられ、かかとの固い靴を履かされて応接間に戻った。
 椅子から立ち上がったダウフィがにやりと笑った。
「遅いと思ったら、えらくはりきってめかし込んだな。慣れない服で転ぶなよ」
「だ、誰のせいだと思ってるの!」