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ラルツァの魔女はあなたのために

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 それからしばらくして、レピはふたたび大樹の枝にあのリボンを見つけた。行ってみると、やはり食べ物を入れた手かごがあった。
 そんなことが幾度か続いて、レピはその手かごを自分への贈り物だと理解した。
 最初は腹が立った。侮辱だと思った。森へ助けを求めにやってくる女たちがいなくなって、実際に生活が苦しくなっているからこそ、なお素直に受け取ることはできなかった。これはラルツァの魔女への報酬などではなく、ただの施しだった。
 受け取れません、と書いた手紙を入れて、レピは手かごをそのまま残した。
 しばらくしてふたたび大樹の下へ行ってみると、手かごはまだそこにあった。しかし手紙はなくなっており、食べ物も入っていなかった。代わりにあったのは、油の小瓶とナイフ――事態を妨害するものを消す、打開のまじないのための呪具だった。
 ラルツァの魔女のまじないは一般にも知られていて、時に魔女でない者も真似をする。
 もちろん施す者がラルツァの魔女でない以上、それらはあくまでもまじないの真似事に過ぎず、気休め以上の効力はない。
 けれどもその真似事には、レピへの気づかいと励ましの気持ちがたしかに込められていた。
 まじないが使えない自分、誰もラルツァの魔女と認めてくれない自分。
 そんな自分のために手かごの中に入れられていた小瓶とナイフを見たとき、レピは泣いた。
 ――ありがとう……。
 施しとは、もはや思わなかった。いまや女たちの誰もが忘れようとしているかに思えたラルツァの魔女を、忘れていない誰かがここにいる。手かごの贈り物は、その証しだった。
 レピはもう一度初心に戻って修業に打ち込んだ。そしてそれと同時に、大樹の枝のリボンを見つけることが楽しみになった。
 手かごの中身は日によって変わった。小麦粉のような日常に必要な食糧品が多かったが、うだるような夏の日には口当たりのいい生姜の蜂蜜漬けが添えてあったり、指先までかじかむ冬には体を温める豆茶の包みが入っていた。街が賑わう春の祭日に色ガラス瓶入りの砂糖菓子を見つけたときには、レピは思わず歓声をあげた。
 レピは手紙を書いたり、返す手かごに森の果実や花を入れたりした。
 もちろん本当は直接会ってお礼を言いたかった。しかし、贈り物の主は会いたいという手紙にも決して答えず、注意深く姿を見せなかった。
 レピは、正体を詮索しないことこそ返礼だと思うことにした。それよりも、少しでもちゃんとしたラルツァの魔女と認められるよう、なお努力しなければと自分に言い聞かせた。
 だから、ほんのひと月前に彼女の姿を見たのは、本当に偶然だった。
 夜に摘む金鈴草の茂みを見つけておこうと、森を歩いていた朝だった。
 木々の隙間に見える大樹の幹に人影が動いた気がして、レピはびくりと足を止めた。
 ――どうしよう。
 迷いは、だが一瞬だった。レピはそうっと隠れながら大樹に近づいた。
 枝の下に置かれたいつもの手かごからゆっくり手を離したのは、人目につかないためにか長いマントを着込んだ女だった。女、とわかったのも体の大きさからだけで、他は何もわからなかった。
 だが、彼女はふと背伸びをし、枝に結ばれたリボンに手を触れた。そのときかぶっていたフードが落ちて、木漏れ日が柔らかな金髪を照らし出した。
 まるで妖精の姫のような可憐さに、レピは息を忘れた。
 彼女は美しかった。手入れされた金髪も、整えられた小さな顔も、リボンを見つめる瞳も、するりとそれをほどいた指先まで愛らしかった。
 彼女が手かごを残して立ち去ってからも、レピは身動きができなかった。
 ――ダウフィだけじゃなくて、あんなきれいな人まで応援してくれてるんだもの。いいラルツァの魔女にならなくちゃ。
 そう改めて決意した数日後。
 あの贈り主の令嬢がレピの小屋を尋ねてきて、ダウフィと結婚できるようにと愛のまじないを頼んできた。
 自分がラルツァの魔女だと証明できる機会と、自分を応援してくれるふたりの仲をまとめるという喜び。
 レピがこの話をことわる理由など、何ひとつなかった。

「ジアルーダさんには、わたしが手かごの贈り主の正体に気づいてるんだってことを気づかれないようにしないとね」
 レピは軽やかな足どりで大樹へむかった。
 期待しないようにと思っても、やはり期待してしまう。相談者として顔を合わせたいまは、もしかしたら贈り主としても会ってくれるかもしれない。
「……もしそうなったらなんて言おうかな。どう言ったら、感謝の気持ちを伝えられるかな」
 手かごの贈り物を受け取るようになって初めて、レピは自分の心の傷に気づいた。
 呪文書を読み込み、何から何まで同じように呪具を作り、一言一句違えずに呪文を唱えても、レピのまじないはなぜか効力を発揮しない。
 だから街の女たちは、レピをラルツァの魔女と認めてくれなくなった。
 しかしそのこと以上に、まず自分で自分をラルツァの魔女と認められないことに焦り傷ついていたのだと、レピはあの打開のまじないの呪具を贈られたときに自覚した。
 そして考え方を改めた。
 自分は、母や祖母や先祖とはちがう。呪具を準備し呪文を唱えれば望みの効果を出せるラルツァの魔女にはなれない。そんなありのままの自分を、レピは認めた。そしてそんな自分がなれるラルツァの魔女の在り方を見つけた。
 例えまじないが使えずとも、望みの効果をもたらすことはできる――そのことを教えてくれたのも、あの手かごに入っていた打開のまじないの呪具だった。
「ダウフィもだけど、ジアルーダさんって本当に恩人だもの。もしあのふたりがいなかったら、ラルツァの魔女になることなんてそのうちあきらめちゃったかもしれないもの。おまけにあんなにきれいだしかわいいし……ほんと、あこがれちゃうな」
 彼女への感謝の気持ちは計り知れない。
「いつかきちんと、お礼が言えればいいな――」
 森の小道の先に見える大樹の枝に、昨日彼女の髪に見た飾り気のないリボンが揺れていないか、レピは目をこらした。
 リボンはなかった。だが、リボンではないものがレピを待っていた。
「ダウフィ!?」
 思いがけない昔なじみの姿に、レピは驚きの声をあげた。
 レピを見つけると同時、ダウフィはずかずかと近づいてきた。持ち上げられた手から、レピの鼻先にペンダントが下がる。
「あ、細密画。見たんだ?」
「見た」
「やっぱり――じゃなくて、よかった! どう、優しい上にとってもかわいいでしょ? わたしから見てもあこがれちゃうくらいだもの、ダウフィも見とれちゃったでしょ?」
 するとダウフィは手を下ろし、頭痛でもこらえるような顔で目を閉じた。一度息をつき、それからぱっとふたたび目を開ける。
「あこがれるなんて言ってるからどんな女かと思えば、ゼントリーゼ家のジアルーダかよ!」
「え、ダウフィってジアルーダさんを知ってたんだ」
「ああ、知ってるさ。あいつはな、すべてを金に換算する親父がいるだけじゃなくって、母方の家系が大貴族っていう厄介な女なんだ! おれとは最悪に相性が悪い」