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ラルツァの魔女はあなたのために

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「森の魔女のくせに街をふらふらすんな、危なっかしい!」
「わ、大きな声で魔女なんて言わないでよ。それにそのあたりは仕方ないよ。わたしは母さんみたいに、森にいたってなんでもできちゃうなんてふうにいかないんだから。わたしには必要なことだよ。だから、ダウフィのこともひととおり調べたはずなんだけど」
 レピは軽く眉間を寄せて、じっとダウフィの顔をのぞきこむ。
「なんだよ?」
 あ、とレピは顔をぱっと輝かせた。
「わかった! 好きな人はいるけどふりむいてもらえなくって、片思い中なんだね!」
「勝手にそういう話にすんな!」
 噛みつくような否定が返ってきて、レピはきょとんとする。
「じゃあどうして? 優しくてかわいいお嬢さまだよ? その上ダウフィのことが好きなのに、興味がないの? どんな人なのかくらい、聞きたくなるのが普通だと思うんだけど」
「だから言っただろ、おれは育ちが悪いんだよ。お嬢さまだの上流階級だの、そういうのは根っから性に合わない。……ま、そういうことだ」
「気持ちはわかるよ。だけど、ダウフィのそういうところをお嬢さまも心配してるんだよ。ほら、優しいお嬢さまだから。ダウフィはひとりぼっちで寂しそうで、とってもかわいそうなんだって。だから慰めてあげたいって」
「心配されるってこと自体大きなお世話だが、それがなんでおまえに相談するって行動になるんだか理解不能だ。そもそもいつどこでかわいそうなんて思い込まれたんだか、こっちにはちっとも心当たりがないぞ。そいつはただ妄想好きなだけで、優しいわけじゃないだろ」
「優しいよ。それにダウフィとは一回会ってるよ。ダウフィがぼーっとして覚えてないだけ」
「おまえと一緒にすんな。会うやつ会うやつ、みんな金にくらんだ目をしてんだよ。あれだけ変わりばえしない連中を、いちいち覚えてられるか」
「あの人はちがうよ。本当に優しい人なんだってば」
「さっきから優しい優しいって、なんとかのひとつ覚えだな。何か知ってんのか?」
 う、とレピは口ごもる。
「ま、まあ知ってるからだけど……でも内緒」
「なんだよ、それ?」
「とにかく! 本当に優しい人だから、ダウフィがあのお嬢さまと結婚してくれたら、わたしはうれしいよ」
 レピはダウフィを見つめる。フードの下のレピの双眸に海の蒼が反射する。
「だって、叔父さんとか従兄さんとか、お父さんの遺産のことでダウフィをよく思ってない人も多いんでしょ。心配だよ。ダウフィのそばでちゃんと味方になってくれる人がいないんじゃ、わたしだって森にいて安心できないよ」
 一瞬まともに目を合わせたダウフィは、だがすぐにふんとそっぽをむいて歩き出した。
「人のことより自分を心配してろ、期待はずれの半端魔女が。まじないの謝礼が入らなけりゃ、森の怪しいきのこでも食うより他にないんだろうが」
「う、うるさいな、そんなことないよ。それに今回は絶対に成功させるんだから!」
 レピは後を追いかける。ダウフィの手を無理やりつかまえる。
「これ、預かっといて」
 一瞬動きを止めたその手に、レピはペンダントを押し込んだ。
 ダウフィに渡したのは、繊細な金銀のレースで飾られた長円型のペンダントだった。小さいが精巧なばね仕掛けで、ぱちんと開くようになっている。
「……そいつの細密画(ミニアチュール)かよ。言っとくが、見ないからな」
 むすっと答えたダウフィに、レピはかまわず微笑みかける。
「いいよ、別に。たしかに中にあるのはお嬢さまの細密画だけど、見ろとは言わないよ。しばらくしたらまた来るから。それまで預かっといて。なくさないでね」
「勝手に押しつけんな!」
「いいからいいから。中を見る気がないなら教えちゃうけど、あのね、本当にお嬢さまそっくりの細密画だよ。妖精のお姫さまみたいで、とってもきれいでかわいいんだ」
 ほんとだよ、とレピはさらに強調してから、ふと淡く笑う。
「わたしも、あんなお嬢さまに生まれてみたかったなってちょっと思うよ」
 レピはくるりと振り返り、海を見つめながら口ずさむ。

   恋するふたりは結ばれん
   真情(まこと)によりて結ばれん
   柔らに抱(いだ)きて甘く口づけ
   永遠(とわ)の絆で結ばれん

 ラルツァの魔女に代々伝わるまじないの中でも最古のものかもしれない、古いまじない。
 それほど昔から女たちがラルツァの魔女の助けを必要としてきた証拠でもある、恋愛のまじないだった。
「――これでうまく行くかな」
 恋人同士に見立てた小枝を重ね、紅い紐で結んだ呪具は、港に来る前にこっそりダウフィの部屋に隠してきた。
 もちろん、そうした魔女のまじないだけに頼ることはしない。彼本人にこうして細密画を渡し、ジアルーダから借りた愛用の香水をほんのり香る程度に薄めて振りまいてもきた。
 効果がすぐに出ることはないかもしれない。しかし、ずっと預けておけば、いつかダウフィも細密画への好奇心を抑えきれなくなるだろう。知らないうちになじんだ彼女の香水も、どこかで本物の彼女に出会ったときに自然な好意を引き出してくれるだろう。
 レピはまたくるりと振り返り、ダウフィににこりと笑いかける。
「案内してくれてありがとう、楽しかった! 街の人に正体がばれないうちに、もう戻るね」
「あ、おい!」
 ダウフィの制止をふりきるように、レピは走り出した。

     †

 たった一日留守にしただけだというのに、帰ってきた森はずいぶんと静かに思えた。
 レピはひとり眠り、翌朝もひとりで朝食を用意し、小屋の前の庭に運んだ。
「ひとりだけど、ひとりじゃないもんね……みんなー、ごはんだよー」
 レピは皿に落ちたパンくずをまとめ、小屋の前の庭にまいた。
 すぐに小鳥たちが集まって、さわがしくおしゃべりしながらつつきはじめる。
「やっぱりどんぐり粉のクッキーより小麦粉のパンのほうが、みんなおいしそうに食べるんだな。でも、もうそろそろ小麦粉も終わっちゃうんだよね……」
 市場で買いたくとも、収入がない以上はどうしようもなかった。ラルツァの魔女として女たちの相談を受けることがなければ、まじないの報酬をもらうこともできない。
「……あ、でも、もしかしたら」
 レピは淡い期待を抱きながら立ち上がった。
 いつもの予定では、今日あたりがその日だった。

 森の入口には、まるで門のように太い枝を張りわたした大樹がある。
 レピがラルツァの魔女を継いでしばらく経ち、小屋を訪ねてくる女たちがほとんどいなくなったある日のことだった。レピは、大樹の枝に結びつけられた質素なリボンに気がついた。
 あざやかな青葉にまざって風に揺れるリボンは、レピを招いているかのようだった。
 行ってみると、その下には蓋付きの手かごがあった。中には、街の市場で売られている日持ちのする食糧が詰められていた。
 日が暮れるころまで待ってみたが、誰も手かごを探しに来なかった。迷った末に、このまま夜まで置いていては獣に食べられてしまうと判断して、レピは小屋へ持ち帰った。
 翌朝、手かごを持って大樹の下に戻ってみると、リボンだけがなくなっていた。