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ラルツァの魔女はあなたのために

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 何より、これは貴重な機会だった。まじないが使えない半端魔女と言われようと、いや、むしろ言われるからこそ、この恋愛のまじないの依頼だけは必ず果たすという決意は揺るがない。レピは意を決してうなずいた。
「ダウフィ、今日時間ある?」
「おまえは人の話を聞いてんのか! 案内してやってもいいって言っただろうが」
「ありがとう! じゃあその前にちょっと用事をすませてくるね!」
 ダウフィの返事は待たず、レピは立ち上がった。
「はあ? おい、用事って――」
 食べ終わった食器を流しへ戻し、さっと台所から飛び出しかけてふと止まる。
「朝ごはん、ごちそうさま! とってもおいしかったし、うれしかったよ」
 レピは上機嫌で、今度こそ台所を飛び出した。

 高級住宅街にある相談者の邸宅を訪ねあてるのに、たいして時間はかからなかった。
「レピといいます。ジアルーダお嬢さまに伝えてください。大事な用があるんです」
 召使いに伝えてしばらく待たされたあと、レピは無事に客間に通された。
 ほどなく扉が開いた。
「――森を出てくるなんて、何があったのですか!?」
 あいさつよりも早く尋ねてきたのは、朝から美しく着飾った令嬢だった。
 手間をかけて色を整えた金髪も、夢見るようなすみれ色の瞳も、同性同年代のレピから見てもかわいらしく美しい。
「おはようございます、ジアルーダさん。大丈夫ですよ、順調に進んでます」
「そう……それならいいんですけれど。お願いします。わたし、どうしてもあの方と……」
 ジアルーダの表情には、決意の色がうかがえる。
「ダウフレードさまは、孤独な方なのですもの。数奇なお生まれのために、突然この街の上流階級の世界に投げ込まれて、どうふるまえばよいのかもわからず、おひとりで心の壁の内側に閉じこもっていらっしゃって。一度だけ宴でお会いしたあの方の寂しげな横顔を見た瞬間、わたしには、あの方の深い悲しみが伝わってまいりました。ですからせめて、わたしがお慰めしてさしあげたいんです」
 森の小屋でもさんざん聞かされた別人のようなダウフィの話をまた聞かされながら、レピは、事前に調べた彼の暮らしぶりを思い出す。
 ダウフィは、仮相続が認められた亡父の持ち家の中から最も小さな家を選んで、ひとり暮らしをしている。使用人すら置いていない。
 赤ん坊のころから邸宅に住んで使用人に囲まれた令嬢から見れば、到底信じられない生活だろう。けれども、ダウフィは生まれついての御曹司などではない。もともと器用なたちということもあって、昔から家事は自分でやっている。
 また貴族や大商人とのつきあいこそほとんどないものの、学生の友人は多いらしい。
 レピが知っていたダウフィは「生意気」「強気」「自信家」といった動の言葉が似合う少年で、一方「心の壁」「寂しげな横顔」「深い悲しみ」というような静の言葉とはまるで無縁だった。不本意な立場に置かれたとしても、ただ黙って耐えるだけの無力な敗者のままでいるとは信じられなかった。だから最初に彼女の話を聞いたときは、新しい暮らしでダウフィがすっかり変わってしまったのかと心配したが、調べて実際に会って言葉を交わしたかぎり、彼は変わってなどいなかった。
 正直なところ、レピはジアルーダはダウフィを誤解していると思った。だが、それも彼女の優しい性格ゆえと理解した。
 ――性格は、外見にも現れるしね。
 レピをじっと見つめるジアルーダの金髪には、リボンが結ばれている。飾りもなければ光沢もない質素なリボンは、彼女が身につけている他の贅沢な装飾品からは完全に浮いている。
 他に傲慢に誇ることなく、ひかえめに髪を飾るささやかなリボン。ジアルーダが選んだそんなリボンは、彼女が謙虚という美徳の持ち主である証拠だと、レピは思った。
「助けて……いただけますわよね?」
 少し心配そうなジアルーダに、満面の笑みでうなずいてみせる。
「ええ、もちろんです。ふたりには絶対に幸せになってもらわないと!」
「あの……でしたら今朝は何の御用ですか? まさか追加のお金ですか?」
 レピはびっくりして両手を振った。
「ちがいますよ! ただ、まじないの効果を高めるために協力してもらえればなって思って」
「協力……いったい何を? わたし、いかがわしいことは……」
「全然たいしたことじゃないですよ。ただ、小物をいくつか貸してもらえればと思って」
 レピは必要な物を伝えた。
「……それでしたら」
 ジアルーダが貸してくれたそれらの品物を持ち、レピは彼女の邸宅を辞した。

 よく晴れた空から降りそそぐ陽光に輝いて、デュラーナの海の蒼は瞳を染めるかと錯覚するほどに深い。
「あれはセリヤからの船だな。荷物は絹織物と紙、時期的に新茶も積んできてるはずだ」
「そうなんだ! 紙ってずいぶんと遠くから来るんだね、おもしろい。あ――そういう新しいお茶を優しいお嬢さまが淹れてくれたら、きっと優雅な午後になるよね」
「あっちの船は、北カンドリアから着いたところみたいだな。いま降りてきてる船客は、途中のビルピア島の別荘から帰ってきた金持ちだろう」
「へえ! 北カンドリアって、たしか世界で一番大きな樹があるところだよね。見てみたいな。あ――そんな島の別荘に優しいお嬢さまとふたりで行ったら、きっともっと楽しいね」
「……あそこを歩いてるのは、トランサールの船乗りだな。ああやって片方の肩全体に刺青を入れる習慣なんだ」
「わあ、きれいな模様! 何かのまじないなのかな。ちょっと聞いてみて――あ、えっと刺青じゃなくって同じ模様の刺繍があったら、きっと優しいお嬢さまによく似合うだろうなあ」
 海鳥が飛び交い、船と人と荷とでにぎわう港で、ダウフィの足が止まる。
「…………あのな」
 並んで歩いていたレピも、仕方なく立ち止まる。そうっと様子をうかがうと、ダウフィはほとんどにらむような下目づかいにレピを見ていた。
「いいかげんにしろ。おれはおまえに港を案内してやってるんであって、全然さりげなくもなんともない下手くそな売り文句に時間を使ってやる気はないからな」
「下手くそって、結婚相手に一番大切なのは性格だよ? もしかしてダウフィは、女の子を顔とか胸とか腰とか脚みたいな上辺で選ぶつもり? 最低だよ、そんなの。やらしい」
「誰がそんなこと言った」
「あ、でも、そのお嬢さまは、顔もとってもきれいでかわいいよ。胸とか腰とか脚はわからないけど、でもたぶん、それもみんなきれいでかわいいと思う」
「だから誰がそんなことを言ってんだ!」
「じゃあいいじゃない、本当に優しいお嬢さまなんだから。保証するよ」
 ダウフィは小さく息をついた。
「何が保証だ。こういうのは誰でもいいってわけじゃないだろうが」
「え、もしかしてダウフィ、恋人がいるの? 調べたときはそんな話は全然なかったのに」
「……ちょっと待て。調べたって、おまえ何やってんだ? そういえばうちに忍び込むときも、家の間取りを調べたとか言ってたな」
「うん、そのあたりは努力してるよ。ちゃんと相談事を解決するためには、わたしの場合、まじない以外のことで補う必要があるもんね。だから下調べも手は抜かないよ!」