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海竜王 霆雷 花見2

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「そうかな。俺たちの字って簡単だと思うんだが・・・竜王たちのほうがバランスが難しいと思うぞ。」
 婿入りして、この漢字の書き取りというのが、一番難儀するものだ。人界で、今時、筆で書き取りするなんてことはないし、草書や行書が読めなければ、本も読めないのだから、そこから慣れるしかないからだ。ただいまは楷書文字の書き取りだから、まだ文字自体は解り易い。
「パソコン欲しい。」
「電力が無いのに、どうやって使うつもりだ。」
「俺、電撃使えるんだろ? それで自家発電って無理かな? 」
「蓄電できないから無理。おまえの雷撃は、電気としての価値はないと思う。」
「ちっっ、しょうがねぇーなー。」
「まあ、すぐに慣れるさ。私たちだって、そうやって覚えたんだからさ。ほら、碧海の字なら、こういう感じだ。」
 三兄の風雅が、小竜の前の半紙に、すらすらと書き綴る。子供の頃は、書き取りから始めるので、みな、これは通った道だ。
「兄上、父上たちの行幸は明後日とのことですが、日程は? 」
 下の弟たちに、末弟の相手は任せて、焔炎が、これからの予定を長兄に尋ねる。主人夫婦が留守となれば、公務の手伝いもあるし、末弟の世話もある。そうなると、適当に各人の役割分担をしておくほうがいいのではないだろうか、と、考えたらしい。
「十日ばかりは、崑崙に滞在されるらしい。簾叔母上が、一応、水晶宮の管理責任者はしてくれる手筈になっているから、私たちは、霆雷のほうの相手が主になるんじゃないか? 」
「そこから、次は搖池ですね。ということは・・・一月近く不在と考えていいのですね? 」
「そうなるだろうな。東王父様も西王母様も、父上とゆっくりされたいだろうからね。」
 息子たちも、父親と、その元後見だった二人については感心するほど仲が良いと感じている。というか、父親に何かしらの異変があれば、確実に、どちらからも援助があるし、当人たちがやってくる。普通は、そんなことは有り得ない。後見というものは、名目上であって、当人とは儀礼的に挨拶する程度が普通なのだ。それが、父親の元後見たちというのは、本当に我が子とか身内のように大切にしている。いろいろと古い縁があるので、身内のようなものなんだ、と、父親は説明はしてくれたが、どういう縁なのかまでは教えてくれなかった。なぜ、人界から婿入りしたはずの父親が、神仙界の権力者である二人と縁があるのか判らない。
「我が父上ながら、あの方は不思議な魅力をお持ちだと思います。浮世離れしているだけではない、何か力があるのでしょう。」
「父上の言を借りれば、『あんぽんたんの小竜だったから、誰もが行く末を心配した結果。』ということらしいけどね。」
 末弟と同じように小さい頃に婿入りしたので、当初はいろいろと大変だったとは聞いている。身体が弱くて、寝込むことも多かった。だから、先代水晶宮の主人夫婦の知り合いは、みな、その様子に心配して育児の手伝いをしていたということらしい。
「その割に、騒ぎは起こしていたみたいですがね。」
「あははは・・・父上もキレると凄いらしいからなあ。三千の兵馬を神仙界の端まで弾き飛ばしたという話だからね。私にはできないよ。」
「いや、やらなくていい。むしろ、やらないでください。兄上がキレたら、もっと凄いことになりそうだ。」
 長兄は父親に輪をかけて温和な性格だ。これが、キレた場合、どういうことになるのか、焔炎にも想像がつかない。一度とて、兄がキレたところなんて見たことが無い。機嫌が悪いぐらいのことはあるが、身の内で消化しているのか八つ当たりすることもない。
「キレたら、霆雷が止めてくれるさ。」
「そうしてもらうと有り難い。私には無理です。」
 兄弟だから、互いの力量は把握している。長兄がキレた場合、おそらく互角の自分では止められない。そうなると、父親よりも強くなると明言されている末弟に止めてもらうほかはないだろう。
「一兄、親父、どっかに遠征すんの? 」
 会話を拾っていたらしい末弟が、いきなり陸続の膝に現れる。この移動は慣れているから、陸続も驚かない。
「ああ、おまえの後見を引き受けてくださった東王父様と西王母様のところへ、お礼に行かれるのだよ。しばらくは、私たちが滞在するから、寂しくはないだろ? 」
「うん、それはいいけど。親父、外へ出ていいの? 引き篭もりじゃないのか?」
「滅多に外出はされないが、引き篭もりというわけではないんだけど。」
「いや、立派な引き篭もりだと思いますよ、陸続兄上。天宮の行事にもお出にならないんだから。」
「父上のは引き篭もりっていうより、単なる出不精なんじゃないの? 」
「そうかしら、父上はお仕事が忙しいから、お出かけなさらないのだと思いますよ、みんな。」
 深雪の子供たちにしてみれば、そういう感覚だ。ほとんど、外へ出ることはない。どうしても、という事態でないと、水晶宮は離れない。水晶宮の主人というものは、水晶宮を維持管理するのが役目だから、それほど外出する用件はない。だが、父親は、それを踏まえた上でも外出は少ない。
「俺も引き篭もりだったからなあ。親父も、これといって興味はないんじゃないかな? 外に。」
 末弟は、最近まで人界で引き篭もり生活をしていた。だから、なんとなく解るものがある。外に興味が無いし、家の中で足りているから外出しようと思わない。父親も、そういうものなんだろうと思っている。
「退屈しないのかい? 引き篭もって。」
「しなかった。・・・・ああ、親父は退屈している暇はないんじゃないか? あっちこっち覗いてるんだから、毎日、忙しいだろ? 俺もネットがあったから、そこで世界のことは見てた。わざわざ、出歩く必要はなかったんだ。欲しいものがあったら、ネットで注文すればいいし、知りたいことも、ネットで検索すれば解る。」
「・・・なるほど、確かに父上なら、ご自分で眺められるのだから、出かける必要はないかもしれない。」
「衣食住に関しては、蓮貴妃や沢が世話しているから足りているな。」
「父上は、そういうことには無頓着ですものね。沢と食事しているのを見ていると、長年の沢の苦労が忍ばれます。」
 衣装も髪飾りも髪の結い上げ方も、すべて、母親に任せていて、父親が自分の好みを主張しているのを見たことは無い。食事にしても、好き嫌いはあるものの、食べたいと言うものもない。そして、量が少ないから、護衛の沢が拳骨で脅しつつ強制的に食べさせるということになっていた。今も、それは変らない。
「浮世離れしているからなあ、うちの父上。私には、あんなことは無理だ。自分の好みの衣装を着たいし、食事だって食べたいと思うものがある。」
「それは、普通にある欲望というものだろう。礼装は基調の色は変えられないが、普段着は自分の好みの色を選びたいぜ? 」
 結局、末弟の書き取りは中断して、風雅と碧海も会話に参加する。父親は何事につけ、主張することはないのだ。
「うーん、俺も、そういうの、全部、美愛がやってくれるから楽でいいんだけどなあ。」
「おまえも、こちらの様式を理解したら、好みの色合いや衣装が欲しくなるんじゃないかな? 霆雷。」
「礼装は、俺と被るから刺繍や形で変えることになると思うぜ、霆雷。」
作品名:海竜王 霆雷 花見2 作家名:篠義