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海竜王 霆雷 花見2

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いつもなら、妻が定刻になれば起こしてくれる。昨日は、少し酒を口にしたから前後不覚に、ぐっすりと眠った。ぽっかりと目を開けてみると、となりには義理の姉が寝ているし、逆隣りには蓮貴妃が寝台に座っている。
「よく寝ていたな? 」
「・・・おかえり、一姉・・」
「ただいま、ちゃんと大人しくしていたようだな? 顔色が良くなった。」
 寝間着のままの義理の姉は、楽しそうに深雪の長い髪を梳く。静養しているから、髪も結わずに長いままだ。義理の姉は、公務で天宮へ参内していた。
「もう、すっかり良くなったよ。そろそろ仕事させてくれ。」
「ダメだ。しばらく、ゆっくりしておれ。私が居ない隙に働いていたら、今度こそ搖池へ監禁するぞ。」
 見た目には女性二人を侍らしているような様子だが、実際は親子の会話だ。子供の頃から、暇があれば、簾も深雪の世話をしていたから、いつまでたっても子供の気分らしい。だから、寝間着で胸が多少肌蹴ていようと、どちらも気にならない。
「華梨は? 」
「公務だ。沢は、崑崙への道程の打ち合わせに出ている。それで、私が、おまえの護衛をしている。」
「護衛か? これ。」
 ぎゅっと抱き締められて寝台に寝ているのは、護衛じゃないだろう、と、深雪のほうは呆れるが、簾のほうは、「護衛だ。」と、言う。ちなみに、簾の夫である青竜王が居ると、挟まれて眠ることになって、余計に関係がおかしくなってくる。成人した義理の弟にすることじゃない、と、深雪は怒るのだが、どちらも、「たまには愛情の確認というものをするべきだ。」 とか、長夫婦は開き直るので、性質が悪い。
「こんな細っこい身体では寒いだろ? 私が温めてやらないとな? 」
「そういうことは、一兄としろ。俺には華梨がいる。」
「はははは・・・そのおまえの奥方からの依頼だ。もう少し眠るか? 」
 まだ時間は早いぞ、と、言われると、深雪も欠伸をする。寝足りてはいるが、このまどろむ時間は心地よいものだ。
「・・・一兄は? 東海の宮か? 」
「ああ、あちらに戻ったよ。おまえと顔を合わせたがっていたのだが、予定が入っているとかで、泣く泣く帰った。」
 竜族の長ともなると、何かと忙しい。本拠地である水晶宮に滞在できるのは、一年の三分の一というところだ。東海の守護も兼ねているから、どうしても三分の一は、東海の宮での仕事で、あちらに滞在することになる。本来なら、正妻である簾も、東海の宮に住まなければならないのだが、朱雀である簾は、海底の宮に長く滞在すると弱ってしまう。だから、本拠地である水晶宮に暮らしている。
「・・・明後日から崑崙へ行って来る。その後、たぶん搖池だ。」
「わかっている。留守居は任せろ。私が仕切る。」
「頼むよ、一姉。」
 水晶宮の主人夫婦が不在となれば、長の正妻である簾が、水晶宮の責任者ということになる。なるほど、三日後と、相国が決めたのは、簾の帰還も計算に入っていたらしい。




 さて、と、執務室に集まっている面々を見渡して、水晶宮の女主人は、二コリと微笑んだ。本日は、接見の予定も行事ごとも無い。だというのに、召集がかかったのは、何事だ? と、幕僚たちは首を傾げている。
「午後から、花見をいたします。ですから、ここにいる者は、みな、参加してください。」
「花見? それは、花を観賞するものですか? 主人殿。」
 代表して、丞相が口を開く。わざわざ、花を観賞するのに幕僚勢揃いって何事だ? というところだ。
「花を観賞しつつ宴を行なうものです。私くしの背の君が、珍しくあちらの行事を口になさいました。霆雷も知らないので、執り行ってみようと思い立ったのです。」
「それは、儀式的なものですか? 主人殿。」
「いえ、どちらかと申しますと無礼講という類のものですわ、御史丈夫。ですから、何も堅苦しいものではありません。ただ花を愛でて、酒を酌み交わす程度のことです。子供もおりますから、酒肴だけというわけにはまいりませんが、日頃、忙しく働いてくれている皆の慰労も兼ねております。」
 たまには、一日のんびりと過ごすのもよかろう、と、主人殿は提案している。確かに、ここのところ、雷小僧の騒ぎで忙しかったのは事実だ。それに、主人夫婦が崑崙へ遠征するとなれば、留守を護るのも、この幕僚たちだ。そのための慰労でもある。
「まだ、背の君にはお教えしておりません。準備が出来たら、お呼びして楽しんでいただこうと思っております。」
「なるほど、昨日のことは、そういうことですか? それで、簾公主様が、主人殿のお相手をされているのですね? 」
 昨夜、相国と丞相は、女主人に命じられて、主人殿と少し酒を呑んだ。ぐっすりと眠らせるためだと思っていたが、起床時間をずらしたかったのが目的らしい。
「ええ、簾姉上が相手をしてくださっている間は、庭への窓は開かせないようにお願いしております。」
 窓から眼下に眺められる桜の林に、席を設けていれば、何事だ? と、主人も気付く。それを阻止するためである。驚かせてやろうと、女主人は企画したらしい。雷小僧のほうも、次期様たちが相手をしているので、父親の許へ飛ばれることもない。
「それってことはですね、ただの宴席だと思っていいのですか? 」
「呑んで騒いでってことですか? 」
 左右の将軍は、にこにこと笑っている。公認の無礼講なんてものは楽しい仕事だ。
「ええ、派手に騒いでくださいな。背の君に楽しんでいただきたいので、存分に。」
「そういうことなら喜んで。・・・ということは、まず宴席の用意をして人払いさせてしまえばよろしいですね。」
「酒肴の準備はさせてありますので席だけ設置していただけますか? 左右の将軍。」
「喜んで。」
「拝命いたします。」
 主人殿に楽しんでもらうとなれば、女官や官吏はいないほうがいい。幕僚たちと、主人夫婦と、その家族あたりだけでいい。太常や太傳も、いやっほーいと手伝いに走る。誰だって、ただの気楽な宴席は楽しいものだ。
「では、準備が出来たら公宮のほうに声をかけてください。待機しております。」
「承知いたしました。主人殿。」
 丞相も苦笑しつつ頷く。たまには、こういう娯楽もいいものだ、と、仕事のほうの手配に走る。相国と御史丈夫も、自分たちの仕事の段取りに部屋から退出する。細かい用件だけだから、さっさと片付ければ、こちらの時間も空けられる算段だ。





 主人夫婦の公宮には、霆雷とその兄と許婚が勢揃いしていた。父親が休んでいるので、こちらで兄たちと過ごせ、と、母親に命じられたからだ。
「親父、そんなに具合が悪いのか? 美愛。」
「いいえ、ゆっくりされているだけです。背の君、サプライズですから、父上には寝ていていただかないと、バレます。」
 父親は、起きている限りは水晶宮のことを、こちらにはない特殊な能力で眺めている。だから、何事かこっそり準備したい場合は、寝ていてもらっているに限るのだ。そして、用心のため、陸続以下四人の息子たちで、父親の私宮をすっぽりと結界で覆って、外を眺められないようにしている。
「おら、霆雷、俺の名前を書け。」
 書き取りの練習に、兄たちが自分たちの字を書かせている。今は碧海の名前だ。
「四兄のもバランスが難しいんだよな。」
作品名:海竜王 霆雷 花見2 作家名:篠義