かがり水に映る月
08.月下美人を見ると思い出すあなたが伏せた悲しい瞳(2/4)
「姉さん、でいいんだよ。そんなよそよそしくしなくていい」
「でも……」
瞬間、皇は桂の唇を奪った。優しく、触れるだけのくちづけ。
紙コップをもったままの桂の左手に自らの手を重ね、弱く握る。そっとそれをテーブルへと誘導して、コップを置かせた。
少しの時間のあとに唇が離れる。惜しそうに「あ、」と桂が声を漏らした。
「確かに本当の姉妹ではないかもしれない。でも、肩書きはそうなっているし、私はそういったものを抜きにしても、君を妹だと思いたい」
「……ねえ、さん」
「それに、不思議だな。誰より愛しい。君の弱いところを見るたびにどうしようもないほどに壊してしまいたくなる。私抜きでは生きられないようにしてしまいたくなる。可愛いところを、もっと見せておくれよ。私を楽しませておくれ」
――生きる上で、飽きないように。
私の心を殺さないでおくれ。
「あ、ぐ……っ!!」
苦悶の声。
穏やかな笑顔をそのままに、皇が可愛い妹である桂の手首を強くねじり締め上げる。
桂。
理不尽に暴力を受け、それを甘んじている君――お前は、とても美しい。
傷の一つ一つを上書きしてあげたい。刃物でえぐってやりたい。私のつけた消えない傷にしてあげたい。
姉である月を捕らえたらどうするんだい?
目的を達成したあとは、お前のそばに誰が残るんだい?
独りになってしまうのかな。
そしてあとは枯れるだけ。枯れてしまうのを待つだけの花なんて、さぞかし飽きない見世物になることだろう。
楽しませておくれ。
もっと私を楽しませておくれ。
そして、
そして、
そして……
できれば、私のことを、ずっとずっと、愛していておくれ。
「言葉にしてごらん」
「え?」
「気持ちを、言葉にしてごらん。私は君のことが好きだよ、桂」
「……」
「恥ずかしくなんてない」
「……言えたら、くちづけをくれますか? 私を必要として、愛してくれますか?」
「もちろん」
「……私も、姉さんのことが好き」
「上出来だ」
再び、二人の影は一つに重なった。
二人の気持ちは、互いともに自己に対する恋慕から生まれるものである。
相手のことを心から好いてのものではない。一種の共依存、とでもいうべきだろうか。愛されている、必要とされている
自分に依存しているのである。そして、それが生きていくうえで大切な要素となっているのだ。
独りだ。
自分に恋をして、自分を愛して、自分にそのしるしを刻み付ける。
どこまでいっても、二人は一人で、一人は二人だった。