かがり水に映る月
08.月下美人を見ると思い出すあなたが伏せた悲しい瞳(3/4)
時計の針は夜の七時を指していた。
人が住まう街は、いつしか夜闇に包まれても完全に眠りに落ちることはなくなった。
出歩けば、さまざまな色の灯りが人を出迎える。こっちへおいでと誘いをかける。そんな通りの片隅、ブティックの試着室のカーテンが勢いよく開けられた。
「どお?」
薄紫の落ち着いた雰囲気のワンピースに身を包んで、どうだとばかりに笑顔を浮かべる月。
すましてみたり、ポーズをとってみたり、ひどく機嫌のいい様子がぱっと見でわかる。英人はというと、向かいの椅子に少しあきれた様子で座っていた。
「……ん、ああ、いいね」
「さっきから『ん、ああ、いいね』しか言ってない」
「そう言われても、僕はそんなセンスないし……」
言い、ふう、とため息。先ほどから着せ替え人形のようにくるくるといでたちを変える月を見ても、どれが一番いいかなんて英人にはわからない。どれも似合っているからいいんじゃないかと思う。
これ以上口を挟もうとすると、自分の好みの押し付けになってしまう。だから英人は黙っていた。
「お客様にはこちらのお色もお似合いになると思いますよ」
「う〜迷うな〜」
「色が渋くなりすぎちゃいますかね……あ、こちらのアクセサリと合わせるのはどうでしょう? 髪が長いと、隠れちゃって目立たないですけど、お客様のような髪型であればばっちりですよ」
「あ、綺麗」
「ふう……」
居場所なく、頭をぽりぽりと掻く英人。ったく、お金は全部自分が出すんだぞ。わかってんのか。
思い返せば、この不思議なショッピングは、気まずく部屋に残った二人の会話の末から繋がり始まった。
「英人」
「なに」
「外、出ようよ」
「さっきの二人に首でも差し出しにいくのか? お前」
「いつまでも喪服のままじゃ、いやだな。新しい服欲しい」
「うちにあるやつ着ればいいだろ」
「外、出ようよ。こんな空気、吸ってたくないよ……」
「で、結局どれにしたんだっけ?」
店を出て、笑顔の店員と別れてから――隣を歩く月に、英人はあきれ調子をやめないままで問いかけた。
えっと、と袋の中身をのぞき見る月。歩く速度が落ちたので、仕方なく合わせてやる。
「えーっと」
「あ、やっぱりいい……帰ったらどうせファッションショーだろうから」
「ありがとね、英人」
「いえいえ」
生返事。
「ね、手繋いでもいい?」
「あ?」
「ありがとう、って気持ち、もっといっぱい伝えたい。近くにいて、いっぱいいっぱい伝えたいの」
「……ま、いいけど」