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かがり水に映る月

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07.辞書には載っていない人狼伝奇譚(3/3)



「約束? ……ふむ、利用できるだけそこの人間を利用するつもりか。そして、逃げるのか」
皇のとっさの切り返しはなかなかに鮮やかだった。ああ言えばこう言う、とい言ってしまえばその通りなのだが、混乱する英人に疑いを抱かせるには子どもの口回しで十分である。
「利用……?」
案の定、英人は乗った。自分に害のある言葉ばかりが耳に入り、それを確かめるように反芻する。
頭中でもおそらくリフレインが起こっていることだろう。あとは――

「……時間です」
――桂の耳打ちが、流れを断つ。
「伸ばせないのか」
「これ以上は……」
「能力は高くても、半人前はいけないね。桂、これからは積極的にその力を試してみてごらん」
「はい」
桂が、申し訳なさそうな顔を払拭し嬉しさをあらわにする。皇を慕い心酔しているのは明らかだった。
理不尽な扱いを受け続けた桂にとって、皇は救いの手を差し伸べてくれた神にでも映っているのだろうか。
「せっかくの暗示結界がもったいない。私だってまともに扱いきれないその力」

「撤回しなさいよ」
「何を?」
月の怨みごもったうめきに、アルカイックスマイルと冷め切った声で応えてみせる皇。
感情的になり、能力が制御できずにいるらしい。月の瞳は赤く染まり、禍々しく敵意で満ちていた。
「黙ってりゃ言いたい放題言って……英人を利用しているということ、撤回なさい」
「断る。事実だからだ。月、君だってその人間に何か隠し事をしている、なんてことはないよね?」
「……っ」
「まあ、どっちでもいいんだけど。やれやれ、君と私の二人きりなら何回月が昇っても話をし続けられるのに……それでは、また来るよ」
「待ちなさ……!!」

「うるさいな」
けむたがる皇に殴られ、激しい衝撃。骨が砕ける、音にならない音。拳が入った月の胴の内部で、血管がぶちぶちと裂ける。
だが、それは純血種の月にとってさほどの痛手ではなかった。余裕で生命を維持できるし、活動も可能である。
弱点である首と脳、それに心臓をうがたれない限りは、いくらでも動くことができた。
だが、機嫌の悪い皇に英人を傷つけられる恐れがある。悔しい限りだが、月は退いて英人を抱きしめ――

――かけて、振り払われた。それは弱い抵抗だったが、確かな拒絶。
二人の足音は確実に遠くなり、やがて聞こえなくなった。二人残った部屋で感じるのは、虚ろ。
月は洗面所へと誰の頼りも借りずに行き、そして血を吐いた。



――夜の下。
「やろうと思えば、一気にこの勝負決せるのでは……?」
斜め後ろを歩く、桂がおどおどと呟く。自分の自由はもう、目の前に迫っている。確約事項だ。
それでも事を急かずにはいられない。
桂には皇が、わざと時間をかけて月を捕らえようとしているように思えるのだ。そしてそれが理解できない。
「……面白い余興を思いついた」
「余興……?」
「そう。とっても、面白い」
「命がかかっているのです。遊びでは、」
言いかけた桂の唇を、手でふさぐ。女神のように優しく微笑んで、皇は言葉を繋いだ。
まだ夜闇は深く、吐く息が、白い。
「桂、覚えておくんだな。面白さっていうのは、悠久を生きていく中でとても大事だ。心が死んだら我らは死ぬ」
「……」
「お前にとっても、とても面白いものになると思うぞ……まあ、見ているといい」


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴