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かがり水に映る月

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05.歪んだ歯車を拾い上げて、本当どうかしてるみたいで(2/4)



「ん……」
遅番は時間的に夜勤にあたる。それを終えて、何よりも落ち着く布団の中でまどろんでいた英人の意識を、引っ張るものがあった。
ぼんやりとした思考のままで隣の月を見たが、何事もなく、今日も深く寝入っている。
もう一度、意識と聴覚を引っ張られた。
「(……誰だ?)」
それが来客のサインであり、玄関のベルの音と軽いノックだと理解した英人は、月に気を使いそっと布団から出た。
後ろ頭を掻いたあと、手ぐしで髪を整える。
寝起きで出ていいものか迷ったが、とりあえずは玄関先に移動し、覗き穴に目を近づけようとしてとどまった。

――目を、見てはいけない。

月は追っ手についてそう言っていた。
相手が覗き込んでいたら大変だ。追っ手とまだ決まったわけではないが、ここは方法を変えたほうがいいだろう。
「どなたですか」
扉越しに声をかけてみる。聞こえるはずだ。その合間に、英人は眠気眼をこすって、あくびをかみ殺した。
「失礼、蛍原さんですか?」
返ってきたのは、若い女の声だった。きんきんとはしていないが、高い。近所にこんな声の主はいただろうか。
とりあえず、英人は会話を続けることにする。相手がノブをひねったりノックに訴える様子はない。
「そうです」
「この階のエレベーター前に鍵が落ちていたんですが、心当たりないですか?」
「……うーんと」
ん、と思い当たる。月が外に出たいといつ言い出してもいいように、合鍵を数日前に作った覚えがある。
あれは、どこにやっただろう。まだ月には渡していない。もしかすると、落としたのだろうか。
その意識にとらわれ、英人の相手に対する警戒心は吹き飛んでしまった。
万が一を考えるならポストを使ってやりとりするところを、扉を開けてしまったのだ。

二人、若い女が立っていた。
顔も髪色もよく似ている。年頃も近そうだ、双子か姉妹か。
手前に立っているのはオリーブグレーの手入れの行き届いた髪を腰までまっすぐ伸ばしたあどけない顔立ちの女。
奥に立っているのは同色の髪色をしているが、長さを肩までに揃えてうつむく憂い気な女。
二人とも、白黒のフォーマルないでたちをしている。
英人は扉こそ開けたが、チェーンを外さなかった。その狭い隙間の向こうで、手前の女が微笑む。
「蛍原……英人さんで、間違いないので?」
英人はぞっとした。
なんて気味の悪い笑み。理由はわからない。わからないのに失礼極まりない反応だとはわかっていても、でも。
「いや……」
本能的に、赤信号が点灯する。目を見ないよう、少し視線をずらして会話を続けた。
見ないうちに、女が扉に手をかけていたのだ。まるで、あの晩の月のように、意地でも扉を閉めさせないと。
「英人さん。お話があるんですが、開けてはもらえないかな?」
「無理です」
「すぐにすみますよ」

まずい!
ノブを握り、扉を閉めようとした英人だったが、強い力に阻まれ失敗に終わる。
「困るなあ」
焦る中で、女のけらけらとした笑い声が響いた。みしみしと、扉が嫌な音をたてる。
「……さん……姉さん。扉を壊しては、まずい」
「ああ、ごめん。ついね」
後ろの女は、対してひどく低い声だった。そしてささやきに近い声ではあったが、発音がはっきりとしており聞き取りにくくはない。英人まではっきりと聞き取れた。
「(月……!)」
日はまだ高い。月が目覚めるまで、まだ時間がある。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴