かがり水に映る月
04.夢見る吸血鬼の素顔は鏡に映る?(4/4)
「追ってくるのは、私の同族」
「ってことは、吸血鬼? ……が、他にもいっぱいいるってことなんだね?」
「まあ、うん、そんな感じ」
そう答える月は、声色もしぐさもぎこちなかった。答えるまでにも、確かな間があった。
視線を泳がせ、明らかに動揺している。鈍い英人にも意味がわかった。なにかを、月は言えずにいる。
隠している――いや、それは聞こえが悪い。
全てを明かすとは彼女は言っていない。そして、明かしてくれと要求もしていない。
人間だって、話したくないことの一つや二つある。きっと『できそこない』に関連することなのだと、それで言いづらいのだと、英人は楽観視することにした。
疑いはじめると、月を自らの居住スペースに置いておくことができなくなる。全ては水泡に帰す。
月を信用し頼り始めた今――存在を認め始めた今、失うのは考えたくない。おおげさだが、真を二度失うような気分だ。
「故郷に連れ戻しに」
「帰りたくないの?」
「……うん」
「そうか……」
返す言葉を見失ったところで、英人は月の手がかすかに居場所を探して挙動を見せていることに気づく。
はじめて吸血した晩もそうだが、月は人並み以上に孤独に弱く、たまにこうして『手を繋いでほしい』サインを出す。
だが、決して言葉にはしないのだ。
そんな意地っ張りさに親近感を覚えながら、黙って相手の手を握る英人。
血が通っているのかわからないほど白いし、冷たいな。そんなことを幾度と思う。
暖めてあげられたら、いいのに。肌の白さを健康的なものにしてあげられたら、いいのに。
そうすれば月をひとりぼっちの檻から出してあげられるかもしれないというのに、もどかしい。
「月はまだ若い方なんだよね?」
「ええ、とても」
「それじゃあ、皆心配して連れ戻しに来てるんじゃないの? 必死に逃げるほどのことなの?」
「あそこに、私みたいなできそこないの居場所なんてないわ」
「……」
「まだ、ここは見つかってないみたいだけれど……いつ来てもおかしくない」
ぎゅっと、手にこもる力が強まる。
「特徴を聞いたら、対処のしようもあるかな。昼間は出歩けないんだよね、相手も」
「きっと出歩けるわ。それが本来の、あるべき姿なの。私はそうは生まれなかったけれど」
「ふーむ……」
「目を見ちゃだめよ、英人。大抵は視線で暗示をかけるの。あとは、見知らぬ相手だったら無視していればいい」
「わかった。目だね。……ごめんね、月」
「どうしたの?」
「この部屋に閉じ込めるようで、なんだか申し訳なくて」
「違う! 私が、そう望んだんであって……」
歯切れの悪い語尾。
カーテンを揺らす風が冬の刺々しさを帯びつつあり、それが二人の間に流れ込むたびに、むなしさとなって空気に残留した。
暖房をつけようか、と立ち上がった英人を、月は制止しなかった。
「だってさ」
「うん」
暖房が動き出した後、二人は少し離れて座った。
「若くてさ、人ってものを最近まで知らなかったってことは、雑踏も喧騒も人間の楽しみってやつも知らなくて」
「うん」
「興味がわくっていうか、さ。そういうの、知りたいとか体験してみたい……って思ってるんじゃないかって、勝手な想像してる」
「興味……あるわよ」
「だよね」
「人間の食事だって、味はよくわからないけど、楽しいわ。街の消えない灯りを、私ずっと遠くから見てた」
「……」
「ひとつひとつが、なにもかもが、私にとっては未知のもので……」
「月」