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かがり水に映る月

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04.夢見る吸血鬼の素顔は鏡に映る?(3/4)



自分は吸血鬼だ、と言われた以上、そしてそれを証明された以上ヒトと違う部分が他にもあるのは覚悟していたが、実際共同生活を始めてそれを目の当たりにするとなかなか不思議と興味深いものだった。
日が落ちる頃に目覚め、夜明けに眠る。その睡眠がひどく機械的に規則正しく、眠りに落ちる時も目覚める時もスイッチが切り替わるように極端だった。
まどろむこともないし、眠れずにうだうだしていることもない。

「非常時に無理に起きれないこともないけど、基本的にしないわ」
「まあ、非常時ってぐらいだからなあ。眠気はどんな感じに来るの?」
「突然。気づいた時にはもう、寝てる感じかな」
「ああ」
聞きながら、英人は顎に手を当てた。納得だ――月は基本的に空が明るくなりはじめる前に布団に入り目を閉じるが、それにはちゃんと理由があったのだ。早めに床に入っておかないと、眠気は突然訪れる。
それも、とても強い、あらがいようのない波だ。英人が話をするなどで夜明けまで月を床につかせなかった時、月は突然倒れる。
立っていても、座っていても、どんな状態でも意識が一瞬で落ちる。
本当に、電灯のスイッチのようだ。オンかオフか、そのどちらかしかない。そしてそれはすぐに切り替わる。
「起きる時もそうなの? あ、チョコフレーク食べる?」
「消化できないって言ってんでしょ。洗面所でげーげー吐いてもいいっていうんなら食べるけど」
「やめとく」
そして、血液以外のものを摂取できない。ただ、体内に一時的に保管しておく器官はあるらしい。
固体も液体も口に入れることは可能だが、それは消化されないまま数時間後に吐き戻される。
ということは、一緒に食事はできないってことか――英人は少し寂しく思った。
目の前で自分だけ食事をとるというのも、なんだか気まずい。相手が吸血している間、自分は何もできない。
共有できないという、心苦しさ。
物足りなさ。
だが、今こそ断ったが、気分次第なのかたまに月は食事に付き合ってくれる。
そのかわり、その後は一人どこかへ出かけてしまう。吐く姿を自分に見せたくないのだ、と分かった時胸がしめつけられるような錯覚に陥った。
「あんな真夜中に、何で山の中にいたの?」
「……。英人は、何で?」
「え? ああ、いや、散歩で……散歩、好きだから……」
「そう。私も、そんな感じ」
はぐらかされるのは、これで何度目だろう。よっぽど言いたくないらしい。
だが、これでは前に進まない。
勇気を出さなければ――

「ねえ」

「何?」
「僕と出会う前は、どうしてたの?」
聞かなければならない。
知らなければならない。
いや、違う。
真としてここまで一心に接してくれる月という存在の全てを、知りたいと思う。
それがいくらおこがましいことだとしても。
「あー。私ね、街に下りてくるまで人間ってものを知らなかったの」
「じゃあ、食事どうしてたの?」
「そりゃ、人間以外にも生き物はいっぱいいるから。でも、飢えた日もあったわ。そんな時は自分の腕を噛んで夜明けまで耐えるの」
「……すごいね」
「夏は暑かったし、冬は寒かった。それをしのぐ術は自分で見つけられても、場所はなかった」
「人間より寒暖に強いわけじゃないんだ」
言うと、当たり前でしょ、と英人は月に小突かれた。
「……私、できそこないだから」
「できそこない?」
「吸血鬼は……その中で、私は……」
最後まで言葉をつむげずに、こうべを垂れてしまう月。その声は、わずかながらに震えていた。
どうやら、触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
今まで数日仲良く雑談してきたところに、意外なトラップである。英人も思わず、言葉なく目をそらしてしまう。
そらした先に、ぱたりと閉じられた写真立てがあった。
ひどく、物悲しかった。

「……追われてるって、言った、よね……そのこと、聞いてもいいかな」
うつむいたまま、月は縦に首を振った。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴