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海竜王 霆雷 花見1

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 蓮貴妃の手は、しっかりと深雪が握ったままだ。これを離すと目を覚ますので、起きるまでは、このままだ。こういう場合の担当は、蓮貴妃だから、護衛の沢は側を離れる。






「おかーさん、花見やろう。」
 突然に、小竜が現れて、そんなことを言う。側に居た娘も、唐突過ぎて、何のことやらわからない。
「背の君、花見ですか? それは、宴席というものでしょうか? 」
「そういうもんらしい。俺はやったことがないから、イマイチわかんないけど、親父がやってたんだってさ。だから、やってみたい。」
 その言葉で、母親のほうは気付いた。たぶん、夫が人界のことを口にしたのだろう。こちらでは、花見という行事は無い。もちろん、花の下で宴席を設けるというのはあるが、それを花見とは呼ばないのだ。そう呼称するのは、人界のあの地域だけだ。
「おまえの父上が、そうおっしゃったのですか? 霆雷。」
「うん、一番派手なヤツだったって言ってた。だから、俺も体験してみたい。」
 華梨も花見の様子は眺めたことがある。桜ではなかったが、周囲に人が集まり賑やかなものだった。その中心で、人間だった夫は笑っていた。
「おまえには、そんなことも話されるのですね。」
「言わないの? 」
「人界のことは、私くしにも、あまり口になさりません。」
「元人間同士だからじゃない? 俺が知らないって言ったから説明してくれたんだと思う。」
「そうですか。・・・・では、花見をしましょう。」
 末息子に、人界でできなかったことは、体験させてやりたい。それに、これはいいことだと思う。夫が、いつも桜の散る様に憂いを感じていることは、妻も知っていた。ただ、こればかりは強制的にどうにかできるものではない。だから、そっと見守っていたのだ。もし、こちらで新しい桜との記憶ができれば、その憂いも少し減るのかもしれない。
「母上、それは人界の行事なのですか? 私は知りませんが。」
「ええ、霆雷の世界で行なわれる季節の宴席です。美愛、霆雷、これは、私の背の君には内密に。驚かせてさしあげましょう。」
「サプライズ? うん、いいな。」
 明日の予定を調整すれば、家族で宴席ぐらいは容易いことだ。それに、ここのところ、深雪が不在で忙しくなっていたから、官吏たちにも一休みしてもらうにはいいだろう。すぐに、執務室に幕僚たちを呼び出して手配をすることにした。




 その夜、ひょっこりと相国が、深雪の私宮に顔を出した。手には鮮やかな王桜の枝がある。王桜は、こちらの代表的な桜だ。似ているが、色や香りは少し違う。それを壺に投げ入れて、卓に置く。
「弧雲さん、何事だよ? 」
「一杯やりにきた。」
「はあ? なんかあったのか? 」
 寝ている間のことはわからないが、それ以外は、水晶宮を把握している。これといって騒ぎはなかったはずだが、相国が不意に現れるなんていうのは、気になることだ。
「至極平穏ですよ? 主人殿。だから、私も酒を鯨飲できるというもの。」
 おどけて公式の物言いをする相国は、恭しくお辞儀までした。それで、深雪のほうも深刻なことではないな、と、言い返す。
「それなら、自分とこでやれよ。俺は付き合いきれないぜ。」
「心配するな、適当で切り上げる。・・・深雪、崑崙から書状が届いたぞ? いつ来るんだ? と、東王父様から催促の手紙だ。」
 崑崙と揺池には、霆雷の後見を引き受けてくれた礼に行かなければならない。内情は、東王父と西王母とゆっくりと過ごすための滞在になるが、表向きは、そういうことだ。東王父は、昔から深雪に文句は言わない。言われるのは、対外折衝が担当の相国ということになっている。まだか? という催促の手紙は、すでに何通も届いていた。いい加減、崑崙に出向かないと拉致しに来るだろう、というところまで来た。
「げっっ、行かないとまずいな。」
「だろ? 」
 そして、酒を呑むという割りに、何も用意していないな、と、思っていたら、扉から酒肴と共に、丞相が顔を出す。女官が、酒肴を卓に用意すると、すぐに引き下がった。そして、それと入れ替わりに、衛将軍が現れる。四人で卓を囲み、酒盛りが始まる。公式でなければ、深雪にとっては頼りになる兄という面子だから気楽なものだ。
「深雪、崑崙には、いつ出向くつもりだった? 」
「忘れてた。カメの騒ぎで、すっぱり抜けてたよ、頤さん。」
「そんなことだろうよ。近日中に先触れして出立だ。ちょうど、次期様たちが勢揃いしているから、雷小僧の相手は問題ない。」
「今なら、これといって大きな行事もない。おまえが留守でも大丈夫だ。」
「公式になるから、派手に行列していかないとまずいのかな。あれ、面倒だから飛んで行きたいよ。」
 水晶宮の主人夫婦が揃って、外出となれば、従者や女官も、かなり引き連れて行かなければならない。だが、それだと竜で飛べば半日のところも一日ががりの移動なんてことになる。
「非公式ってわけにもいかないぞ? だいたい、おまえ、竜になるのは長に禁止されているだろ? 私までとばっちりを受けた。」
 この間、派手に玄武と戦ったふりなんぞしたので、長夫婦はかんかんになって、深雪を叱ったのだ。しばらくは、仕事もせずに静養しておれ、と、公式に命じられてしまったので、深雪も大人しくしているしかない。どうして、眠り病になるまで戦わせたのだ? と、頤も叱責を受けたのだ。
「ごめん、頤さん。」
「私は、東王父様に、ねちねちした催促の手紙を受けてたんだがな? 深雪。」
「はいはい、弧雲さんもごめん。俺が悪かった。」
 ああするより他に方法はなかったのだが、まあ、心配による八つ当たりも含んでいるので、丞相と相国が叱責を受ける形になった。ふたりの杯に酒を満たし、深雪は謝る。ついでに、となりの沢の杯も満たす。
「三日後な? 」
「わかった。」
「随行は、左右の将軍だ。他は、宮の留守居をしておく。」
「元礼さん、行かないの? 」
「行きたがっていたんだが、さすがに三機関の長は留守にしないほうが安全だからな。個人的に行け、と、言っておいた。」
 元礼も、かなりの書痴だ。崑崙には古今東西の書物が収蔵されているので、憧れの地である。非公式に、深雪が崑崙に遊びに行くという程度なら、随行できるのだが、公式に、となれば、留守はできない。
「くくくくく・・・たぶん、崑崙へ行こうって誘われるぞ? 深雪。その時は諦めて付き合ってやってくれ。」
「しょうがないな。」
 沢の言葉に、深雪のほうも頷く。いろいろと忙しくさせているので、たまには付き合うぐらいはしないといけない。それに、東王父は手放しで喜ぶだろう。何百年も公式にしか対応しなかった孫が、個人的に遊びに来てくれるなんて嬉しいからだ。
「もういいんだぞ? 深雪。どこでも好きなところに行っても。」
 今までは、身体の弱い大人しい主人というのが、表看板だったから、深雪は外出も控えていた。その評価は覆しても問題の無いところまで経過した。だから、丞相は、そう勧める。
「俺は、それほど外には興味が無いんだ、頤さん。だから、我慢してるわけじゃないからさ。」
「それはそうだが、そろそろ天宮への参内も行くべきだとは思うんだがな? 」
「堅苦しいから面倒なんだ。それに、煩いしさ。」
作品名:海竜王 霆雷 花見1 作家名:篠義