海竜王 霆雷 花見1
「いい加減、慣れろ。」
「じゃあ、弧雲さんが随行なら行く。」
「おまえ、俺を辞書代わりにする気だな? ・・・しょうがないヤツだな。」
相国が一緒なら、天宮のお歴々たちの顔も、挨拶の口上も相国の頭から調べられる。それなら、どんなのが居ても対処できる。相国も、それを理解しているから、随行しろ、と言うなら従うつもりだ。表向きには、仲が悪いと思われている相国だが、実は深雪に甘いのだ。五月蝿く諫言を奏上するのも、嫌っているからではなく、心配からの言葉だ。
「搖池なら付き合ってやるぞ?」
「こら、頤。それは、なんの役にも立たないだろうが、私が付き合うから、おまえは政務を司れ。」
搖池は、深雪にとっては実家のようなものだから、知り合いばかりで、堅苦しいことはない。むしろ、素のままでいられるところだから、官吏なんて必要でない場所だ。
「搖池なら、おふたりの手を煩わせることはない。どうせ、あちらから迎えに上元夫人様か九弦天女様がいらっしゃいます。」
沢が冷静に、そう告げれば、相国と丞相は、ちっと舌打ちした。搖池の面々は、深雪が来訪するなんてことになれば、先触れした瞬間に麒麟とナンバーツーのふたりが迎えに来る。それぐらい可愛がっているのだから、こちらからの随行なんて衛将軍だけで十分だ。
「なんか、崑崙も、今後そうなりそうな気がするな? 弧雲。」
「そうだろうな。崑崙には、一度も出向いてないから迎えがないだけだろうからな。」
深い縁があって、搖池のものも崑崙のものも、深雪のことは猫可愛がりだ。この二大地域は、何があっても深雪の味方をする。だからこそ、現水晶宮の主人は、天帝と並ぶほどの権力を有する、と、囁かれているし、対抗するものもないのだ。どういう縁があるのか、ここにいるものは知らないが、東王父と西王母の態度から察するに、かなり強力なものであるらしい。なんせ、深雪が、「東じい、西ばあ。」と、その尊い方たちを呼んでいる。普通は、不敬だと叱責させそうな言葉だが、相手は愛想を崩して返事している。
しばらく、崑崙への来訪の打ち合わせと世間話をして、相国と丞相は退席した。残るのは、衛将軍の沢だ。軽く酩酊している主人を寝台へ押し込んで、部屋を出る。そこには、待っていた華梨が居る。
「もう半分寝てるぞ、華梨。」
「では、急ぎませんと。ご苦労様でした、沢。明日は、蓮姉上が護衛してくださいますから、左右の将軍と崑崙までの道のりの確認をしてください。」
それだけ言うと、華梨が寝所へ走りそうな勢いで姿を消した。三日後の出立までに、警護の手配や道程の確認などしておくことがある。その時間、警護はできないから、簾が代わってくれるらしい。いつもは、蓮貴妃だが、たまに簾の手が空いていればやってくれる。
作品名:海竜王 霆雷 花見1 作家名:篠義