空想科学省電脳課です。
お客様用の高価そうなティーカップに、香り立つ紅茶を注ぎながら、陽斗はけろっと言った。
「へえっ?!なんですと?!」
「だから、ヘビーベイビーだろ。子どもがいない人が、よく感染する。」
朝霞が、会議で言っていたのはこのことだった。
ヘビーベイビーは、つい最近、存在が確認された電脳麻薬である。電脳麻薬は、コンピュータウイルスに近い。神経を直接電脳空間に繋げることが可能になった現在、その被害は拡大していた。自ら電脳麻薬を求めて感染するユーザーも居るが、多くのユーザーは気付かずに感染しているのである。だから、その時その人の条件に左右される。感染後の症状も人それぞれ、身体的な悪影響が起こったり、精神的に不安定になったり、また、ぴったりと回路が繋がれば、感染したにも関わらず、なんの影響も受けない人さえ居る。
ヘビーベイビーの感染条件は、『子どもがいない』ことだった。産経者とか、そういう意味ではない。理由は不明だが、『子どものいる人は絶対感染しない』ので、このような定義になったのである。
「そのこと知ってたから、朝霞がお前を遣したんじゃないのか?」
陽斗は乱暴な手つきでティーカップを彩人に渡し、自分もソファに座り込んだ。これまた高そうな、高貴な香りのアールグレイである。彩人はそれを一口すすった。
「聞いていませんよ、そんなこと。そうでしたか……空科省にコネがあって良かったですね、陽斗さん。」
「……相変わらずザックリしてんなぁ。」
「まぁ。で、教えてくれますよね?」
「あれは、俺が空科省に入る前、都夜と付き合って五年目の話だ。」
「あの、都夜さんに引っ掛けて情報提示すんの止めてくれませんか。」
「なんだよう連れねーなぁ。」
要約すると、こうである。(このまま陽斗に話させると、一分に一回の割合で都夜の名前が出て、うっとおしいことこの上ないため。)
陽斗が、まだ学生の時、友達の考案したターミナル専用ゲームソフトの開発を手伝っていた。プログラミングを担当していた陽斗は、ゲームのヒットを狙って、ある回路を組み込んだ。ゲームの中でシナリオを進めてと楽しくなってゆく回路。コンピュータと直接神経を繋げるターミナルでは、そんな小細工が可能だ。それ自体は犯罪ではない。
だが、今になって、その回路のプロテクトを外し、改悪してターミナル中にばら撒いたものがいる。その改悪したものが電脳麻薬「ヘビーベイビー」であり、ばら撒いたというのが、今回の事件である。
「学生ん時に作ったとは言え、俺のプロテクトを外したんだからな。やっこさんは相当な手練れさ。」
「でもどうして、子どもがいるひとには感染しないんでしょう。」
「作ったゲームがプリンセスメーカーだったからじゃないか?現実に子どもがいる親は、ゲームの中でまで苦労したくないだろう。」
「そんな理由アリですかね。ってか、プリンセスメーカーって……。」
「シナリオの奴がやたらマニアックな仕上がりにするから、俺がプログラムをしたってのに大ヒットはしなかった。コアなファンはついたけどね。」
もしそのゲームが、女性向け恋愛ゲームだったら、彼氏がいない女性が感染者になっていだのだろうか。
話詰めで喉が乾いたらしい陽斗は、二杯目の紅茶を注ぎ、一気に仰いだ。その様子をまじまじと見つめながら、彩人は茶うけのビスケットをかじる。
「で?空科省は俺に何をしろって?」
「それですけど、陽斗さん。」
二枚目のビスケットに手を伸ばしていた彩人は、姿勢を正した。
「空科省に戻ってもらいますよ。」
作品名:空想科学省電脳課です。 作家名:塩出 快