妻の企み
直樹の態度がはっきりしない。
佳奈美はそんな夫に痺れを切らしたのか、また聞いて来る。
「ねえアナタ … 私の事、今でも愛してるの?」
直樹はもう答えざるを得ない。
「もちろん愛しているよ、これからも … 永遠に愛して行くよ」
遂に直樹は、こんな歯の浮いたような言葉をヤケクソ気味に吐いてしまった。
しかし、直樹は、
こんな言葉で妻が幸せを感じてくれるのであれば、また時折囁いてみるかとも思った。
だが一方、
佳奈美は好都合な言質(げんち)を取ったように微笑んでいる。
「私への愛さえ続けば … 家族は安泰なのよ」
そんな事を言い放ちながら、直樹のそばに寄って来た。
そして、ねちっこく言葉を繋げて来る。
「じゃあ、あなた、その永遠の愛の手始めに …
まずは有馬温泉に連れてって」
直樹はいきなり具体的な温泉名が出て来て、思わず咽(む)せてしまう。
しかし佳奈美は淡々と。
「私達の長い旅路の果てに、一緒に暮らしてみても、私の勝手気ままで、あなたは単身赴任みたいなものでしょ」
「うん、その通りだよ、今でも単身赴任だよ」
直樹はここぞとばかりに大きく頷いた。
それを見て、佳奈美は遂に、
新たな妻の企みを囁いて来るのだ。
「だから最初の単身赴任の時、名古屋のホテルで一夜の逢瀬を楽しんでたでしょ、
その場所を温泉に変えて … また二人だけの時を楽しむのよ、
ねっ、家族の絆を守るために、温泉が大事なのよ!
… 返事は?」
「はい!」
直樹はすかさぜ答えた。
その返事は一応はっきりとしたものだった。
しかし、聞きようによっては、
どことなく複雑なものでも … あったのだった。
おわり