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夢の運び人1~5

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夢の運び人4

 ある時、夢の運び人は神様に叱られていた。
 神様は言う、もっと人間にとって幸せな夢を運べと。さらに続ける。
「よいか、夢と言うのはだな――」
 運び人はその言葉を聞く振りをしてまるで聞いていなかった。それを見破った神様は言う。
「次に人間に見せる夢は、その人間にとって最も幸せな夢にするように。そうしなければ、夢を運ぶ仕事を他の者に譲る」
 それを聞いて運び人は慌てた。夢の運び人の仕事を気に入っていたからだ。
 早速、幸せな夢をたくさん袋に詰めてある女性の元に行きます。
 女性が眠ったのを見て運び人は、そっと夢を入れた――

――私の目の前に机に置かれたケーキがある。凄く大きい。まるで、高く積んだウェディングケーキだ。さらにその周囲に大量のお菓子。どれも私の好きな物ばかり。チョコレートにポテトチップス、クッキーにビスケット。それらが無造作に置かれるのではなく、綺麗に並べられている。
 隣の机にはハンバーガーやステーキ、それにチキン。こちらも凄い量で綺麗に盛り付けされている。
 私はハンバーガーに手を伸ばした。
 ああ……でも駄目だ。今はダイエット中なのを忘れていた。こんなカロリーの高い物を食べてはいけない。今日までの努力が水の泡だ。
 でも食べたい。
 すると後ろでがしゃん、と何かが壊れる音がした。振り返ると、私が使っていたウォーキングマシーンや体重計、その他ダイエットグッズが無惨にもバラバラに壊れている。
 再び机のハンバーガーを見た。
「食べていいよね……」
 私の口から脳を介さず言葉が出た。唾を呑む。
 食べたい。
 私はハンバーガーを取った。やや躊躇しながらも口に運ぶ。口を大きく開けて一口噛みついた。
 美味しい! なんて美味しいんだろう!
 そう思ってからは止まらなかった。手をあちらこちらに伸ばして次々に食べる。
 約半年振りの至福。
 もはや味など感じず胃袋に詰め込む。ただ詰め込む。
 食べている実感、それが私を幸せにしていた――

――夢の運び人は女性が起きたのを見た。太り気味の体型に丸い顔をしている。
「なんだ夢かあ。でも、今日も頑張れそう!」
 女性は笑顔だった。夢の運び人もそれを見て満足する。これで神様に叱られる事はない。
 それから数ヶ月に渡って女性に同じ夢を見せ続けた。
 女性は夢にすがる様になり、どんどん痩せていく。時に一切食べずに寝る事もあった。
 しかしこの女性は幸せなのだ。それは女性の顔を見れば一目瞭然だ。夢の運び人は望み通りの夢を毎日見せた。
 しばらくして、女性は自らの理想とした体型を手に入れる。しかしダイエットを止める事はなかった。
 毎日食べる事しかできない夢を見るのだから、現実で食べずとも偽りの満腹感が女性には常にあった。
 遂には骨と皮だけになったように細くなり、歩くだけでふらつくようになっていた。
 そんな中、夢の運び人のもとに神様がやって来る。神様は言った。
「この人間にとって幸せな夢を見せているようだな」
 運び人は嬉しそうに微笑む。
「だがそれでは駄目だ。人間を夢に縛ってはならん」
 運び人はがっかりしたように肩を落として、眠った女性の頭に夢を入れた――
 
――今日も食べる事ができる。眠れば眠るだけ食べる事ができる。こんなに幸せな事はない。現実で絶食しようと食事を制限しようと、夢でたらふく食べる事ができるのだから苦痛ではない。
 私はこれまでそうした様に目の前に置かれた食べ物を掴み、食べた。
 夢の食べ物はやはり美味しい。味は分からなくとも頭が美味しいと感じている。
 しかし食べてる途中で私は気がつく。何かおかしい。
 いつもは食べても食べても量は減らないのに、今日は食べたら食べるだけ量が減っていく。
 食べ物で埋め尽くされていた机が全体を見せる頃、その机は鏡に変わってた。
 見覚えのある鏡で、私の部屋にある姿見であるとすぐに分かった。鏡は独りでに地面と垂直になる。
 その鏡に私の全身が映る。いや違う。これは私ではない。
 私はこんなに――異常なまでに痩せてはいない。むしろ太っていて鏡なんて見たくもなかった。
 よく見ると、鏡に映る何者かは手に腕時計を持っていた。見覚えのある腕時計で、二十歳の誕生日に母親から貰った物とすぐに分かった。太ってしまいサイズが合わず、ずっと机に置いたままだ。
 すると手に違和感を感じた。手を見ると腕時計が握られている。その行為を鏡に映る何者かがそっくりに動く。
 ああ……この何者かは私だ。痩せ過ぎて顔も体型も変わっているが、間違いなく私だ――

――女性は起きた。それと同時にすぐさまベッドを降りて部屋の姿見を見る。
 目を丸くして、手や足、顔を触って確認する。
「食べなきゃ……」
 女性は力なく言い、ふらふらと台所に向かった。
 冷蔵庫にはハンバーガーが一つぽつんとあった。手に取り躊躇しながらも一口食べる。
 噛む度に女性の目から涙がこぼれた。
 その様子を神様と夢の運び人は見ていた。
「うむ。幸せそうじゃないか」
 神様は言った。
「運び人よ、悪戯も時には良いが程々にしなさい」
 無言で運び人は頷く。そしてどこかに消えた。

作品名:夢の運び人1~5 作家名:うみしお