夢の運び人1~5
夢の運び人5
ある時、夢の運び人は息を潜めていた。口に手を当てて、声が洩れるのを堪える。その行為に特に意味はない。人間には姿だけでなく声も聞こえないのだから。
四方をコンクリートの壁で囲んだ暗く狭い個室の中に男が横たわっていた。男はロープで体を巻かれ、身動きのとれない状態で寝ている。頬にはいくつもの痣。額には汗が流れている。
その横たわった男の側には、注射器を持つ者が一人いる。
運び人は恐怖を感じていた。自分には絶対に訪れない物に体が震える。
運び人は横たわっている男に近づき、恐る恐る夢を入れた――
――私は家にいた。
麻薬の売人から足を洗って、約一年振りの我が家だ。
家のドアを開けると妻が出迎えてくれた。私の名前を呟き、娘を呼ぶ。そして私に抱きついた。久しぶりの妻の匂い。
家の奥から娘が駆けてくる。妻が離れて、私は屈んで娘を抱いた。一年前より少し大きくなったかも知れない。誕生日を祝えなかったのが悔やまれた。
気がつくと私は泣いていた。どこからともなく涙が込み上げて来た。
娘も妻も泣いている。
私は娘の頭を撫でて精一杯の笑顔を見せた。妻に大金の詰まったバッグを渡し、もう一度抱き合う。
もう行かなければならない。
妻が泣き止まない娘を抱き上げて道を開ける。家の奥が白く輝いていた。
私はその輝きに向かって歩く。ゆっくりと歩く。
振り返ると、泣きながら娘が手を振り、妻は優しい笑顔で私を見つめていた。
泣きたい衝動を抑え、二度と会う事のない妻と娘に微笑む。
私は白い輝きの中に歩んで行った――
――夢の運び人は泣いていた。
注射器を持った者は、息をしなくった男を見てどこかに電話をする。
「ボス、奴を殺しました。金は持っていません。……はい、恐らく奴の妻が持っているかと。……分かりました」
携帯電話を切り、その者は個室を出ていった。
夢の運び人はそれを見て死んだ男に近づく。
穏やかな顔で目を閉じている男を見て、さらに涙が溢れた。そして静かにどこかへ消えていった。