夢の運び人1~5
夢の運び人3
今日の運び人は機嫌がよかった。別に何かあったという訳ではない。何となく調子がいいのだ。
機嫌のいい運び人は、足下で機械の様ないびきをかいている中年の男を少し驚かせようと袋から夢を取り出して、そっと男の頭に入れた――
――会社の社会室に私はいる。
私の為に造られたこの椅子、この机。全てが良いものだ。
何よりこの窓から眺める絶景。他のビルをやや上から眺める。もうこの辺りに私のビルより高いビルなど存在しない。そんな優越感に浸りながら、私は窓際でタバコを吸っていた。
「社長、失礼します」
すると社長室のドアをノックしてすぐに秘書の女性が入って来た。まだ若くてすらっと背の高い、有能な秘書だ。
「何かね?」
私は彼女を見ることなく言った。
「以前の事業なのですが、アメリカ、イギリス、中国でかなりの利益を挙げました」
詳細はよく思い出せないが、そんな事業を指示した気もする。
「いくら程かね?」
「はい、約三百億程となります」
淡々とした秘書の言葉に、私の口元は緩んだ。
「そうか……」
私はビルより高い空を見上げる。
「広末君、わが社はもっと大きくなる。従って君はもっと忙しくなるだろうが、ついてこれるかね?」
「はい」
彼女は冷静な口調だったが、全ての意気込みをその一言に込めたのだと私は感じた。
さて、次の一手はどうするか。その一手によっては、わが社は大きく成長する事だろう。いずれは、あの空にも――
――中年の男は飛び起きた。隣で男を扇ぐ為だけに雇われた若い女性がビクリと反応する。
「夢……か」
中年の男はぽつりと呟く。
「どうかされましたか?」
大きな団扇を持って扇いでいた女性が心配そうに尋ねる。
「それがな、今よりもっと貧乏だった」
男の答えを聞いて女性は少し笑った。
「堺さん!」
そこに若い男が慌てて入ってくる。
「なんだ正造、血相を欠いて」
「それが、堺さんの土地からまた石油が!」
正造と呼ばれた男の言葉に団扇を持った女性が驚く。
「またか……」
女性とは対照的に男は肩を落とした。
「いくつ目だ?」
「はい、九つ目となります」
中年の男は、困ったと言うように頭を掻いた。そして団扇を持った女性を指して、「広末、お前にその石油の権利を譲る」と言った。
「わ、私にですか!?」
思わず女性は団扇を手放す。
「俺はまだ金は欲しいが、これ以上増えてもどう使っていいのか分からん。一つくらい他人に譲っても何の問題もない。それより扇げ」
女性は礼を言うと、落ちた団扇を広い挙げて、にこにこしながら扇ぎ始めた。
「堺さん、私には……」
唖然とその流れを見ていた正造が小さく言う。
「お前にはまだやってもらう事がある」
「そんなあ……」
正造はがっくりと肩を落とした。
夢の運び人はその様子を眺めていた。運び人はけらけらと笑いその場を去り、どこかへ消えていった。