マリッジセレモニー
「お父さん、今から買い物に付き合ってよ」
娘の結婚式の前日、突然掛かってきた娘からの電話は、そのたった一言だけであった。
マリッジブルーというもので気晴らしがしたいのかとも思ったが、気晴らしの相手として私が相応しいかどうかは首を傾げなければならない。
「あの子にも思うところがあるんですよ。わざわざ貴方の携帯電話に掛けてきたのだから、きっと貴方にしか務まらないことなんですよ」
そういって私を送り出した妻は、ちょっとだけ悔しそうだった。だが、勝った気はしない。そもそも、このようなものの勝ち負けに何の意味があるのだろうか。
娘を助手席に乗せて、山へと車を走らせた。
「作りたてのバターで焼いたパンが食べたいの」
その後に続いた『最後のワガママだから』という言葉に危うく持っていかれるところだったが、『最後の――』というフレーズは何度となく耳にしてきたものであり、娘としても取り分け何か特別な感情を込めたものではなかったのだろう。
口調や表情にも特に変わったところは見受けられない。
私は心配のしすぎだったのだと思うことにした。
作りたてのバターというものは、市販されているものとは別物と考えていい。物としては同じはずなのだが、食べてみると全く違った味がする。
そうして、これまた搾りたての牛乳を堪能し終えた頃には、陽が沈みかけていた。
それに気がついた娘は、私を引っ張るように建物の裏手に歩いていった。
そこは視界が開けていて、夕陽を見るには絶好の場所といえた。娘が夕陽好きになったのは、間違いなく妻と私の影響だろう。
息を飲むほどに紅い夕陽が、地平線の建物に触れた。夕陽を見つめる娘の横顔は、強く凛々しく美しかった。
娘の結婚式の前日、突然掛かってきた娘からの電話は、そのたった一言だけであった。
マリッジブルーというもので気晴らしがしたいのかとも思ったが、気晴らしの相手として私が相応しいかどうかは首を傾げなければならない。
「あの子にも思うところがあるんですよ。わざわざ貴方の携帯電話に掛けてきたのだから、きっと貴方にしか務まらないことなんですよ」
そういって私を送り出した妻は、ちょっとだけ悔しそうだった。だが、勝った気はしない。そもそも、このようなものの勝ち負けに何の意味があるのだろうか。
娘を助手席に乗せて、山へと車を走らせた。
「作りたてのバターで焼いたパンが食べたいの」
その後に続いた『最後のワガママだから』という言葉に危うく持っていかれるところだったが、『最後の――』というフレーズは何度となく耳にしてきたものであり、娘としても取り分け何か特別な感情を込めたものではなかったのだろう。
口調や表情にも特に変わったところは見受けられない。
私は心配のしすぎだったのだと思うことにした。
作りたてのバターというものは、市販されているものとは別物と考えていい。物としては同じはずなのだが、食べてみると全く違った味がする。
そうして、これまた搾りたての牛乳を堪能し終えた頃には、陽が沈みかけていた。
それに気がついた娘は、私を引っ張るように建物の裏手に歩いていった。
そこは視界が開けていて、夕陽を見るには絶好の場所といえた。娘が夕陽好きになったのは、間違いなく妻と私の影響だろう。
息を飲むほどに紅い夕陽が、地平線の建物に触れた。夕陽を見つめる娘の横顔は、強く凛々しく美しかった。