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てっしゅう
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「哀恋草」 最終章 それぞれの幸せ

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最終章 それぞれの幸せ


「佐一郎!この期に及んで命乞いをなされるのか!」
志乃は声を荒げた。一蔵は志乃の右手を制しながら、座り込んでいる佐一郎に問うた。

「何か言いたい事があるのか?次第によっては聞き入れまするぞ。話されよ」
「わしは景時様の家臣じゃ。時政殿のために命を亡くしとうはない、と思い直したのでござる。志乃殿の言われた言葉が身に沁みてのう」
「して、我らが助ける見返りはなんじゃ?その事案によっては許すやも知れぬが」
「・・・景時様は時政殿を疑っておられる。我らはおぬし達の探索のほかに、別の命を受けてもおるのじゃ。それは、時政殿の本心じゃ。鎌倉殿への忠誠心が本当のものか判別せよ、との仰せじゃった」
「なるほど、時政殿のなあ・・・おぬしの言葉が本当なら仰天するようなことを教えてやろう。まずは我らに危害を加えぬ約束を致せ」
「仰天するような?そのような事を知りおるのか?・・・そうか、後白河院どのの影で動きおる人物とは、そなたたちのことであったのか」

佐一郎は、なるほどと感じ、自らが探索をやめることと、京に居る仲間に不審な気配がない旨を認めた書面を書き送る約束をした。そして、自分はこの足で、鎌倉の景時の元へ出立するとの事も約束した。

「では、佐一郎どの。私と一緒について吉野まで来られよ。約束の書面を吉野から差し出した後に、熊野まで行かれ船で伊豆に渡られるが良かろう。心当たりの船頭を知らせるゆえ。時政殿はのう・・・」

一蔵は鞍馬の後白河別邸でのありようを話した。表情が変わった佐一郎は、このことをいち早く景時に伝えたいと願った。二人は足早に吉野へ向かい、作蔵と志乃は久たちの元へと急いだ。今までとは違い二人は寄り添って歩いていった。


日が暮れて光が桐の部屋を訪れたとき、なにやら様子がおかしいことに気付いた。いつものように返事がなかったのだ。傍によって話しかけたが返事がない。もしやと思い、久とみよを呼びに行った。

「母上、みよどの、桐様のご様子がおかしゅうございまする」
「なんとな!みよ着いて参られよ」
「はい、久どの・・・」
二人は光と一緒に走って桐の部屋に向かった。久は顔を近づけ息を確かめた。紫色の唇からは吐く息は感じられなかった。胸をはだけ、耳を心の蔵付近に押し当ててみた。動いている音は聞こえなかった。

「残念じゃ・・・お亡くなりになられた」
「本当でございますか・・・なんということ、ほんの少し目を離していた間に息をなくされたと・・・」
「光、悔やまれようがそなたの責任ではござらぬゆえ、気を落とされるな。桐様のこれが寿命じゃったのやも知れぬ。皆の者を呼びなされ。通夜の支度を致しましょうぞ」

ばたばたとみんなが動いているそんな時に、作蔵と志乃は何も知らずに帰ってきた。

「どうしたのじゃ?何を支度しておるのじゃ?」
「これは作蔵どのお帰りなされませ。ご挨拶が出来ませなんだ事お許しくだされ。たった今、桐様が亡くなられてございまする」
「久どの!それは、本当でござるか!」

作蔵は顔に白布がかけられている桐と対面した。程ない命と見知ってはいたが、実際にこうして傍に居ると、いろんなことが思い出されて、涙が溢れてきた。そんな作蔵を複雑な思いで、志乃は見つめていた。

桐の通夜が行われ、翌日には彼岸花の咲いている土手に土葬された。桐の亡骸で来年は一層綺麗な彼岸花を咲かせるだろう。小さな墓標には享年五十五歳と記されていた。戒名もない寂しい埋葬ではあったが、家族と最後まで過ごしていた事は救いであったろう。

吉野に着いた一蔵は、佐一郎に約束どおりに不審なしの書面を書かせ、駅(うまや)に持ち込んだ。明日には時政の手元に届くであろう。少し休息をした後、教えられたとおりの道を熊野に抜け、紹介状を見せて、船頭を頼み船で伊豆に向けて出立した佐一郎は、鎌倉の景時の元へ三日で着いた。景時は突然のことに驚いていたが、佐一郎の話を聞いて、火急に駆けつけてくれた忠誠心に褒美を取らせた。

「なんということ・・・舅殿(時政)は許しておけぬ存在よのう。殿に言うべきか、言わざるべきか、悩むのう・・・」

景時は側近を呼び寄せ、自分の代わりに時政に問いただすよう命を与えた。手渡す書面には、事と次第によっては鎌倉殿に追討の許しを請うことになろう、と書き記した。側近が馬で飛び出していったことを不審に思った頼朝の妻、政子は近寄って尋ねた。

「景時!なんじゃ慌しいことは?」
「これは、奥方様、何でもござりませぬ。京への使い申し送りましてございます」
「何用のことじゃ?父上への申し送りか?」
「はい、景時の考えを申し上げようと早馬を出しました」
「そちの考えとな?どのようなことか知りたいのう」
「・・・義経殿の追討でござります。奥州への探索の許しを守護職殿から朝廷に申して頂こうかと、申し送りいたしました」

うそを言った。政子はそれ以上は聞かなかった。

時政は佐一郎からの送り状を読んでいた。不機嫌そうな表情をしていたので、先に戻っていた頭の男が機嫌を伺った。

「いかがなされましたか?良き知らせは書かれてござりませぬか?」
「残念じゃがのう、動きがないそうじゃ。どこに隠れ居るのかのう、志乃と弥生は許せぬ所業にて、なんとしても成敗せねば気が納まらぬわ」
「殿!今一度吉野とその周りをあっしたちが隈なく探しましょうか?」
「そうじゃのう・・・考えてみるかのう」

時政は、可愛がってきた二人にそっぽを向かれ尚且つ噛まれた訳だから怒りが消えないのだろう。探し当てたら、どうしてやろうかと残酷なことも思い描いていた。翌日鎌倉から使者が来た。早々に進み出て、景時からの書状を見せた。読み始めて顔色が変わった。

「ご苦労であった。今、景時殿に返事を記すのでしばらく待たれよ」
そう言って、奥の部屋に下がり、慌てて謀反無き事、事実と反する事、自らの進退を鎌倉殿(頼朝)に預けることなどを認めた。やがて、書状を封印し、使者に渡し持ち帰るように頼んだ。先ほどから隣の間に控えている頭と仲間たちの前で、時政は言い含めた。

「その方たち、これまでのことご苦労であった。只今より依頼した探索は打ち切りとする。鎌倉へ戻られるなり、京に留まるなり随時になされよ」
少しの褒美を時政から与えられ彼らは解放された、いや解雇された。頭の男は釈然としなかったが、鎌倉へ戻る決心をした。最後の夜に手渡された給金をはたいて市中で夜遊びを仲間達としていた。ふらふらになって酔い覚ましで三条河原を歩いていた頭が目にした光景は、こんな時刻に誰も通るような場所ではない、さらし首が置かれている辺りで見かけた男女連れであった。


桐の埋葬がすんで、作蔵は皆を呼び寄せ居間で今日までのことを話した。そして、追っ手がもう来なくなるであろう事や、鎌倉の義経探しが強まってゆくだろう話題なども話した。最後に一番辛い話をしないといけなくなって来た。

「久どの、光、気を落とされるなよ。勝秀どのは・・・景時に討ち取られ、京の三条河原でさらし首にされている様子じゃ」
「作蔵殿、それはまことでござりますか?なんという・・・むごい・・・」
光も顔を背け、両手で覆って泣いていた。