犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌
短い一生を終えた和代は、今、俺の腕の中で眠っている。
胸から流れ出す血は、俺の腕に垂れ、床にしずくを落としている。
和代の閉じた両目は、もはや開くことがない。
口元は、苦しそうにゆがんだままである。
俺は、そっと恋人の体を床に下ろした。俺の背広も、両手も血まみれ……和代の胸の隆起も、赤く染まっている。
白いハンドバッグには、血が付いていない。
「誰が……」
「加山君、誰か、犯人らしき人物を見たか?」
愛野警部補が、和代に黙祷を捧げた後、血の付いた両手を拭おうとしていない俺に尋ねた。
「いいえ、誰も見ていません。倒れていた和代しか、室内にはいませんでした」
「階段を降りてきた者はいないのか?」
四人の中で、一番年長者である、関本巡査部長が、悲痛そうな面持ちで、俺に顔を向けた。
「俺は、見ていません」
「私もみていない」
愛野警部補もそう言うと、他の二人も同じ返事をした。
「すると、ベランダから逃げたのだろうか?」
まぶしい西日が、その掃き出し窓から、まともに入り込み、死者の顔を照らしている。
「我々だけで処理できない。応援が必要だ」
そう言うと、愛野警部補は、黒い携帯電話を取り出した。
「この周囲の六人の刑事には、ここから逃げ出した奴、もしくは逃げ出そうとする者がいないか、今も見張ってもら
っている。今のところ、誰も怪しい人間はみていないらしい」
愛野警部補は、俺達にこのように伝えると、本庁に応援や鑑識を呼ぶ手配をした。
絶命して横たわっている和代を、救急車で運ぶことはできない。
和代殺害の現場検証……まさか、こんな場面に出くわすなんて。
この動かぬ指に、近い将来、この手で、婚約指輪をはめるはずだったのに……、どうして、こんな悲劇に見舞われ
ることになってしまったのだろうか。
「ベランダから、桜の枝を伝われば、外に逃げ出すことは可能ですね」
開いた窓を調べていた巡査部長は、自ら、手袋をはめた手で、枝にしがみついてゆすっていた。枝と一緒に、
巡査部長の、黒いスーツも揺れる。
「意外に、この枝は弱いぞ」
「俺が枝につかまったら、折れてしまいそうですよ」
と、巨漢――警視庁の巨漢ビッグ4の一人と呼ばれている――の鈴村も、その枝をゆすりながら応じている。
俺も含めて、ここに突入した刑事は、当然のことながら、皆手袋をはめている。また、誰一人として、捜索前後で、
服装を変えた者はいない。
しかし、和代の両手には、手袋が装着されていない。
確かに、突入前に手袋をはめたはずなのに……。
服装は、血がついている以外、変わっていないのに。
遠くから、パトカー・救急車のサイレンが伝わってくる。
作品名:犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌 作家名:TAKARA 未来