犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌
2:血まみれの女
苦しそうに、息も絶え絶えな彼女。
喉の奥からは、空気が断続的に吐き出される。
生暖かい風。
深紅の唇は、細かくけいれんしている。
白かった歯は、血が薄く化粧をしている。
苦痛に耐えたのか、頬に涙の跡がくっきりと残っている。
「大丈夫か?」
和代は、細い首を、かすかに横に動かした。
仰向け状態で、俺は力強く支えている。
胸にはナイフが深く突き刺さり、鮮血が、さらさらと広がりつつある。抜いてやりたいが、その瞬間、血があふれ出る
ことは、刑事の経験上、容易に判断できる。
白い服が、どんどんと赤く染まっている。
黒髪が力なく垂れ、俺の腕をくすぐっている。
大きな瞳は虚ろで、焦点が定まらないようだ。どんよりと遠くを覗き込もうとしている。
何かを言いたそうだ、彼女は。
和代の足元には、彼女の拳銃が落ちている。硝煙の臭いはしない。
拳銃の側には、俺が渡したハンドバッグが口を開いている。中身を、床のカーペットに吐き出すことなく、死に行く彼女
のお供についていこうとしているかのようだ。
せみの声が、やけに騒がしい。
どうやら、ベランダに通じる、掃き出し窓が開いていることが原因のようだ。
他の連中は、まだ来ないのか?
一斉に、”二階で和代が刺された!”と、メールを送ったのに。
和代は、確実に死にかけている。
俺の目から落ちた涙が、頬を伝わり、彼女の魅力的な唇を濡らした。
死に水のように……縁起でもない!
開け放したドアから、二階の廊下に地響きが聞こえた。
「駒沢君、犯人を見たのか?」
俺の背後から、聞き覚えのある、がらがら声がする。振り向かなくても、捜査のベテラン、愛野警部補だとわかる。
和代は、力なく首を縦に振って、吐き出すように言った。
「犯人は……わ・た・し」
声は震えていた。
「私って、何のことだ?」
続いて関本巡査部長、そして鈴村巡査長も駆けつけ、異口同音にうなった。
「わ・た……し……」
なおも、必死な形相で伝えようとする和代。
「まさか、自殺しようとしたのか?」
そう言うと、俺のすぐ左に、警部補がやって来て、駒沢和代の顔をじっと見つめた。そして、その唇に自分の耳を近づけて聞き取ろうとする。
「和代!」
「静かに、加山君」
警部補は、俺が思わず大声を発したのを制した。
「君を撃ったのは、誰だか知っているのか、駒沢君」
震えながら、彼女は右手を、愛野警部補へと伸ばした。
「わ……た……し……」
かすかに動く指。
俺の腕の中で、血まみれの彼女から、急に力が抜けた。
駒沢和代――28歳の命が、途絶えた瞬間であった。
作品名:犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌 作家名:TAKARA 未来