犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌
和代の葬儀の翌日、俺は非番だった。
どこかに遊びに行く気分にはなれない。
何かヒントはないかと考え、”犯人はわたし”とネット検索したが、これといってめぼしい情報は得られなかった。
俺にかけられた容疑を、自力で晴らすことはできないか。
じっと、捜査の経緯を待つ他ないのか。
朝からまとわりつくハエを追い払いながら、悶々としていた。
さて、どうしようか。……
いつのまにか、俺は車を走らせていた。
俺の視点で見直したい。
誰にも内緒で、犯行現場を訪れることにした。
刑事としての執念が、この俺を突き動かしている。
猛暑が続いている。
事件以来、犯行現場は立入禁止になっている。建物の鍵も交換されており、中に入ることはできない。
外周を観察していくことで、何かヒントは得られないか?
夏の日差しが、視界をさえぎる中、俺は、犯行現場に面するベランダを見上げた。
かつて、壁面にへばりついていた縦樋は、今やその役割を終え、ぐらぐらと揺れている。人を支える力がないこと
は、既に犯行時に確認されている。
縦樋が、壁への支えを失ったのは、錆の状況から、ずっと以前であることも推測されている。
二階から、何者かが樋をつたって降りた可能性はない。
ベランダに枝を伸ばしている、桜の木以外には、ベランダ手すりに接している物はない。
一番近い木の枝で、手すりから五メートルは離れている。その枝は大層太く、100キロ以上の重量を支えられるこ
とが判明している。
しかし、どう手や足を伸ばしたところで、その先端に触れることは、物理的に不可能である。
手が伸びれば……。
待てよ、あの時、男は皆、ネクタイをしていた。
そのネクタイを利用すれば、方法はないだろうか?
駄目だ、俺の頭では何も浮かばない。栗巣警部・阿賀佐警部に話をしてみようか。あの二人ならば、素晴らしい
推理をして、何か活路を切り開いてくれるはずだ。
俺は、心理の迷路から抜け出せない状態だ。
周囲より敷地が、やや小高くなっている上に、庭に雑然と生えている木々や、背の高い草のため、確かに敷地外か
ら、ベランダ近辺・庭は死角になってしまっている。
徹底捜査の折に、倒された草が、茶色に色を変化させつつある。土の色に同化されそうだ。
庭土は固く、掘り起こした形跡もなく、雨の不足により足跡もつかない状態である。
打開策はないのか?
その時、突然後ろで、不審な音がした。
驚いて振り向く。
まだ起きている草が、ざわざわと動いている。
そして、さっと、何かが飛び出した。
黒猫だ!
庭を歩いていた雀が、大慌てで、宙に飛び立った。
空を舞う小鳥を、俺と猫は見上げた。
驚かせやがって……と、雀は言いたそうだ。しかし、同じ雀や猫があの時庭にいたとしても、もの言えぬ証人であるの
で、何の役にも立たない。
もちろん、猫にひっかかれた者もいなかった。
水はけのよい乾いた土には、俺が今歩いた足跡もつかない。
犯行時も、確認できた足跡はなく、裏庭にいたと言う、鈴村の靴だけに、草の汁や庭の土が付着していた程度で
ある。もちろん、庭も裏庭も同じ土質である。
鈴村の奴か……。
あいつと和代が付き合っていたなんて、何も言われたことがなく、愛野警部補に指摘されるまで、全く部外者
状態であった。
お互いの過去には一切触れていなかったが、何だか騙されていたような気持ちにさえ、覚えてならない。
パズル好きのあの二人……。
鈴村の指摘を、ふと思い出した。
そうだ、ヒントはこの場所ではなく、あそこにあるかもしれない。
俺は、犯行現場周辺から、急いで立ち去ることにした。 目指すは……。
作品名:犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌 作家名:TAKARA 未来