犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌
5:誰かみたのか
和代の葬儀を終えて、俺はむなしい脱力感に襲われた。
初めて会った和代のご両親――俺と異なり、小柄な二人は、悲しみのあまり、いっそう小さく見えた。
初対面のあいさつが、緊張しながらも幸せを目指すものの予定だったのに……。
二人とも、俺の名前を和代から聞いていたらしく、誰よりも丁重に扱ってくれた。
悲しみを共有するためであろう。
二人のたっての願いで、本来親族だけが向かうことの多い火葬場まで同行することになった。
棺に向かって合掌する。
愛した女性が、火に包まれる。……
「無理を言ってすみませんでした」
棺が燃えている間、彼女の父親が俺に話しかけてきた。
「加山憲治さんとおっしゃいましたね。娘によくしてもらい、あなたがあいさつに来てくれる日を、楽しみにしていました」
「いえ、こちらこそ……けんかをしたこともあって、もっと大切にしてあげられたら、と後悔しています」
男二人とも、涙が止まらない。
「刑事になるのに、私は反対したのに……」
「警察官になることが、強い希望だったと、彼女が言っていたことがあります」
「そうですか、そんなことを。……実は、和代の学生時代、尊敬していた先輩が、付き合っていた男にだまされ、覚せい剤
中毒になったことがあるのです」
犯行現場で聞いた、彼女の知人に関する話のことらしい。
「その先輩が衰弱し、半狂乱状態になり、男と海に飛び込んで溺死したことがあったのです。号泣した和代が、覚せい剤や
大麻などを撲滅したいと決断し、刑事を希望した次第です」
「彼女が、薬物を異様に敵外視していた理由なんですね」
「はい。本人は復讐の女神だと言っていました。女神だったら死ななかったと思うのですが……加山さん、ぜひ、娘のかた
きをとってください。二度と、我々のように、こんな悲しい思いをする人が出ないように……」
父親は、俺の手を力強く握り締めると、何度も何度も、深く頭を下げ続けた。
俺も、悲しみの余り、涙が止まらなかった。
火葬場の外では、対照的に、鳩がのんびり歩いている。
和代の肉体は消滅した。
もはや、二度と抱きしめることはできない。
焦げ目のついた骨を拾う手伝いをしながら、俺は、この先どうしたらいいのか、思い悩んでいた。
鳩になって空を飛び回ることができたら、どんなにいいことか。
空か……。
何かの方法で、宙に浮くなりして、あの二階から、気づかれずに脱出する方法はないのだろうか?
あるいは、ベランダから離れた木に飛び移り、予想外のトリックを使用することは?
少しでも、怪しげな痕跡があれば、例えそれが微小なものであっても、徹底捜索した以上、見落とすはずはありえ
ないのだが……。
重いため息が、足元にまで吹き落ちた。
第三者からみれば、今回の事件においては、俺が最も機会のある、怪しい人物に他なるまい。例え、信じてくれる人が
いたとしてもだ。
悲しみとイライラが、内面から吹き上がってくる。
そういえば、鈴村の奴が、先日の酒の席の帰り際、奇妙なことを言っていた。
「この中に、紀州出身の人って、いませんでしたね」と。
俺や和代も含め、五人のいずれも関東出身であった。
「そうでしたねえ、やはり」
あいつは、首をひねっていたが、何を言いたかったのか。
作品名:犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌 作家名:TAKARA 未来