【第九回・参】瞳水晶
「…トコトン嫌われてねぇかお前;」
京助が突っ込んだ
「まぁ…な;」
迦楼羅が何かを思い出したのか顔を引きつらせた
「でもかるらんはしゃしゃしゃんが好きだったんでしょ?」
いつの間にか阿修羅の膝の上に座っていた悠助が迦楼羅に聞く
「…その時はまだ腹の立つ生意気な娘という感情しかなかったな…」
迦楼羅が言う
「一体何があってお前はそこまで沙紗とやらにゾッコンになったんだよ」
京助が胡坐をかきなおしながら聞いた
「…怒ったのだ」
迦楼羅がボソッと言った
「怒った…って誰が誰を」
京助が聞く
「沙紗がワシをだ」
迦楼羅が答える
「…今まで聞いた話でもかッ……なり怒られてるように感じるんですけど」
京助が溜めに溜めて言う
「本気で怒ったのだ…ワシはその時初めて沙汰の言っていた沙紗の優しさがわかった…」
迦楼羅が自分の左頬に手を当てた
「…この香りは…」
広い屋敷内をふらふらと歩いていた迦楼羅がかいだことのある香りをふと感じその方向へと足を向けた
しばらく奥ばった廊下を歩き小さな離れへと続く渡り廊下を渡り終えるとその香りが強くなった
「何だここは…」
母屋の屋敷とは正反対な簡素なその建物の扉を迦楼羅が開けた
中は意外にもきちんと片付いており壁一面の書物、棚には薬草入りの小瓶や瓶が並べられていた
ふわっと風が香りを部屋中に運びついでに広げられた書物を悪戯している
ふと光が差す窓のほうに顔を向けた迦楼羅が窓辺に腰掛け書物を読み耽る人影を見た
組んだ足を窓枠に置きその自分の足に書物を立てかけていたのは沙紗
「…用が無いならば出て行ってください」
沙紗が書物から目を離さず言った
「ここは…」
「私の部屋です」
迦楼羅が聞くと沙紗が即答した
風が沙紗の長い黒髪を靡かせる
「何か用でも?」
相変わらず書物から目を離さずに沙紗が聞いてきた
「いや…ただ…香りがして…」
迦楼羅がどもりながら答えた
「…香りですか…そこの香のことでしょう」
迦楼羅を見ずに沙紗が言う
「これはお前が作ったと聞いたのだが」
白い陶器の入れ物から上る香りに迦楼羅が言う
「そうですが」
沙紗がそっけなく返す
「この間の療法も見事だったな」
迦楼羅が沙羅の発作を治めた時のことを言った
「ありがとうございます」
書物をめくりながら沙紗が淡々とお礼を言う
「…何を読んでいるのだ?」
しばらく沈黙が続いた後に迦楼羅が聞いた
「書です」
それに対し沙紗がやはり淡白に答える
「…香りが嗅ぎたいならば静かにしていてください」
また少し沈黙が続いた後沙紗が言った
「…うむ…」
少し間を置いて返事をした迦楼羅がその場に座った
窓から入る風で靡く沙紗の黒髪が太陽の光で七色にも見える
「…お前は」
「沙紗」
迦楼羅が口を開くと沙紗が自分の名前を名乗った
「沙紗…良い名だな」
迦楼羅が言う
「それはありがとうございます」
書物を読み終えたのか沙紗が窓際から降りた
「私の気を惹こうとしても無駄ですよ天の使者様」
書物を置き近くの籠を手に取った沙紗が迦楼羅が部屋に入ってきてから初めて迦楼羅を見て言う
「私は貴方が嫌いですから」
そう言うと沙紗は部屋を出て行った
「……嫌いというわりには…今話していたではないか…」
沙紗のいなくなった窓辺から入ってきた風が今度は迦楼羅の髪で遊び始めた
作品名:【第九回・参】瞳水晶 作家名:島原あゆむ