【第九回・参】瞳水晶
「…沙羅は…?」
震えながら沙紗が聞いた
「…すまないな…俺もまだ力不足だった…」
迦楼羅より背丈の高く長い鮮やかな緑色の髪を三つ編みにした影が迦楼羅の隣で言った
「…【時】」
廃墟に近くなった屋敷の瓦礫の上から声がした
「今回の【時】は僕達のもの…」
逆行に浮かぶのは赤い瞳の人物
「沙羅をどうするんです…」
沙紗が瓦礫の上の人物に聞く
「【時】の主に捧げる」
赤い瞳が閉じた
「沙羅を返してくださいッ!!」
沙紗がその人物に向かって叫んだ
「うるさいよ…」
赤い瞳が沙紗を鋭く見たが沙紗は怯まず逆にその瞳を睨み返した
「そこに転がっている【時】に選ばれなかった子…君を庇ったんだろ?」
沙紗が目を見開いたまま止まった
「沙紗!!」
迦楼羅が沙紗の元に駆け寄り沙紗を呼ぶ
「君も共犯だよね迦楼羅…君もその子を殺したんだ」
「ッ…貴様…」
赤い瞳が哀れみの色で迦楼羅と沙紗を見ると迦楼羅がその瞳の人物を睨んだ
「人間が招く【時】を僕等はただ導くだけ…面倒くさいよね人間っていうのは…迦楼羅…君は人間に近付きすぎた。その結果…僕等が【時】を手に入れられたんだけどね」
雲間から現れた月が照らしたのは横たわり目を閉じた沙汰の顔と風に靡く黒い布
「私は…」
沙紗が震えながら口を開いた
「私が…沙汰を…私があの時やはり死していれば沙汰は…」
「沙紗!!」
沙紗の肩を迦楼羅が掴んだ
「お前のせいではない! 沙紗!!」
カタカタと小さく震える沙紗を揺すって迦楼羅が強く言う
「沙汰はお前が大切だっただから害をなすものから守っただけだ…!!」
沙紗の目から涙が一筋頬を伝った
「私は…何一つ守れなかったのに…大切なものを…何一つ…」
どこを見ているわけでもなくただ虚ろとなった沙紗の目は黒い水晶の様で迦楼羅は唇を噛んだ
瓦礫の上の人影が二つになったのはいつなのか
赤い瞳の人物が迦楼羅と沙紗に背を向けるともう一つの人影の白い布が風に靡いた
「待たんかッ!!」
迦楼羅が声を上げながら炎を二つの人影めがけて放つと白い布を靡かせた人影が指で宙に何かを書きソレが光った
「またね…」
カチャリという音と共に宙に書いたモノが光り迦楼羅の炎を跳ね返す
「っ!!」
跳ね返された炎が沙紗と迦楼羅めがけて迫ってきた
「下がれ!! さ…」
掴んでいたはずの細い肩が迦楼羅の手を振りほどいて黒い髪が迦楼羅の顔を撫でるとあの優しい香りがした
悲鳴を上げるわけでもない細い体が赤く燃え上がる
「さ…」
目の前で起きていることがまだ理解できない、したくない迦楼羅が炎に向かって手を伸ばすと炎をまとった細い腕が小さな手が伸ばされた
「…迦楼羅…」
悲鳴の代わりに聞こえた自分を呼んだ小さな声に迦楼羅が伸ばされてきた手を握った
「足りないぞ…沙紗…まだワシは…」
「やっと…私は…大切なものを守れたんですね…」
迦楼羅の手を沙紗が握り返すと迦楼羅もまた沙紗の手を握り返す
「だから…私は今幸せです…」
炎の中にかすかに見えたのは微笑む口元
迦楼羅の手を握っていた小さい手から握る力が段々と抜けていくのと同時に迦楼羅の頬を伝った一筋の涙
握っても握り返してこない小さい手を引き寄せ赤く燃える細い体を迦楼羅が抱きしめた
「…か…るら…」
「何だ…」
「……」
迦楼羅が小さく呼ぶ声にこたえても返事は返ってこなかった
作品名:【第九回・参】瞳水晶 作家名:島原あゆむ