異 村
部屋に入ると、誰かが私を見て、随分時間かかったなというようなことを言った。他の誰かがそれに東京人という言葉を入れて冗談を言った。皆が笑った。村長の顔を見ると、ニコニコして私を手招きした。
座卓の上にはお茶の用意と漬け物などが並べられていて、女性たちが入れ替わり立ち替わり料理したものを並べ始めた。私はとりあえず目の前に置かれたお茶を飲んだ。
どこか新鮮な野生味を感じさせるお茶だった。村長がこのお茶はと言って外を指さした。障子戸が閉まっている。村長は一人に障子戸を開けさせた。部屋が少し明るくなった。花々と手入れされた庭木が見えた。村長は私を手招きにしながら開け放った戸のそばに歩みより、左手になだらかに見える畑を指さした。こんもりとした株がならぶお茶畑だった。
その向こうには桃かも知れない果樹林が見えた。
「ほー凄いですね」と私が言うと村長は嬉しそうに笑った。
どこかでバイクか自動車か解らない音がして、やがてそれが姿を現した。何と珍しい三輪自動車であった。子供の頃見て、最近映画でも見たかわいい自動車だった。庭に停まると運転手は、後ろの荷台から風呂敷に包んだものを両手に提げて玄関の方に消えた。
座卓には新鮮でおいしそうな刺身などが並べられた。三輪自動車で運ばれてきたのは、この刺身などだろうと私は思った。お酒は飲めるんだろうと手振りを加えながら村長が言ったので、少しはと私は頷いた。
今日は特別な日、東京からのお客だというような事を言って、村長は私に燗酒を注いでくれ、皆もそれぞれに酒を注いだ。そして村長が杯を挙げ何か私には聞き取れないことを言った。皆もそれに唱和し、宴会が始まった。
少しずつ訛にも慣れて言葉が解ってくるにつれて、自分が昭和35年ぐらいにタイムスリップしている確率が高まっている。テレビの話題が出た。東京じゃあ皆テレビを見ているのだろなあと羨ましそうに誰かが言った。私はあいまいに頷いただけだった。村長がテレビを買うことは出来るが、どうもこの場所はどうアンテナを立ててもうまく写らないんだと残念そうに言った。映画は町に出て年に一、二度見るらしい。
私は慎重に言葉を選んで、自分が中学に入ったばかりの頃を思い出しながら質問したり返事をしたりした。平成の世の中のことなんか話せば、頭の中を疑われてしまう。