異 村
家の中に入って薄暗いと感じた。そこは土間になっていて、磨かれた板の間。大きな四角の火鉢が見えたがさすがに火は入っていない。囲炉裏もあるが、今は使ってはいないのだろうと思えた。
靴を脱ぐ場所を示され、板の間からすぐ脇にある畳の部屋に通された。広い! と私は感心して声を出してしまった。二十畳ぐらいかなと思う部屋の奥に床の間があり、やはり掛け軸が掛けてあった。男たちがどこからか大きな座卓を運んできて並べて置かれ、あっという間に宴会場が出来上がった。
村長の近くの席を示されて、私はあれよあれよという間にこんな席にいることが不思議な気分でいっぱいだった。それに消えることのない違和感。どうみても昭和三十年代じゃないだろうか。今までに小説や映画などで、タイムスリップのことを読んだり見たりしてきたが、そのままの気分である。私はここが平成の時代かどうかを確認したくなった。それは恐い気もしたが、とても興味のあることでもあった。それで、わざわざトイレなどという言葉を使わずに、便所に行きたいのですがと村長に聞いてみた。
村長は微笑みながら、誰かの名前を呼んだ。すぐに中年の女性がやってきて、私を案内してくれた。薄暗い廊下を歩きながら、何か新しいものを見つけようとしたが、すぐに便所に着いた。私は案内してくれた人に礼を言って中に入った。駅のトイレという感じに小用の便器が二つ並んでいた。当然というか水洗ではなかった。これは時代のせいか場所のせいか解らないが、だんだん自分が昭和の世にタイムスリップしたという思いが強くなってくる。小用を済ませ、便所を出る。案内してくれた女性はいない。私は隣の大の方も開けて覗いてみた。案の定、トイレットぺーパーではなく、四角い紙が置いてあった。
私は方向を間違えた振りをして廊下を来た方向と別の方に歩き出した。ガラス窓は昔からあるので、年代は解らないがアルミサッシは使っていない。サッシはいつ頃から使われていたのだろう。やがて廊下より明るい部屋から女性たちの声と戸棚を開ける音や食器を並べているような音が聞こえてきた。中を覗いて見たくて、側に言って声をかけた。
「すみません場所がわからなくなって」と声を掛けると、一斉に会話が止んで五、六人の女性が私を見た。台所であろうその部屋は土間ともつながっていて、かなり広かった。現代によくある冷蔵庫や炊飯器の白い色は見当たらず、全体に茶色っぽい雰囲気だった。そして昔懐かしい食べ物の臭いがした。
誰かが「東京人には難しかろ」と言ったので皆が笑った。先ほどトイレまで案内してくれた女性が進み出てきて、じゃあこっちへと手振りで示し歩き出した。
真っ直ぐに廊下を歩くだけなので、迷う筈も無いのだが、案内されるのも変な気持ちだ。
すぐに雑談の声がしてきて、私はすみませんねと言って女性を帰した。